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中国杨公古法风水学院

 
 
 

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手机:18477409228 高级风水规划师-培训师。中国易经研究会理事。从事《易经》研究和风水摘日业近三十年,为全国各阶层人士点真龙的穴几百卦,其应验效果,在广西乃至全国风水界有口皆碑。闲暇时,喜爱收藏国学古籍和欣赏书画。侬本是一介小吏,刀笔精通,吏道不熟,不求行走于公卿之间,宁为一地师耳!?

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抱朴子外篇(31-50)  

2008-09-17 11:29:15|  分类: 道家古籍 |  标签: |举报 |字号 订阅

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省烦卷第三十一

31.1 抱扑子曰:安上治民, 莫善於礼, 弥纶人理, 诚为曲备. 然冠婚饮射, 何烦碎之甚邪! 人伦虽以有礼为贵, 但当令足以叙等威而表情敬, 何在乎升降揖让之繁重, 拜起俯伏之无已邪! 往者天下×安, 四方无事, 好古官长, 时或修之, 至乃讲试累月, 督以楚挞, 昼夜修习, 废寝与食. 经时学之, 一日试之, 执卷从事, 案文举动, 黜谪之罚, 又在其间, 犹有过误, 不得其意. 而欲以为以此为生民之常事, 至难行也. 此墨子所谓累世不能尽其学, 当年不能究其事者也.
31.2 古人询於草刍荛, 博辨童谣, 狂夫之言, 犹在择焉. 至於墨子之论, 不能非也. 但其张刑网, 开途径, 浃人事, 备王道, 不能曲述耳. 至於讥葬厚, 刺礼烦, 未可弃也.
31.3 自建安之後, 魏之武文, 送终之制, 务在俭薄, 此则墨子之道, 有可行矣. 余以为丧乱既平, 朝野无为, 王者所制, 自君作古. 可命精学洽闻之士, 才任损益, 免於拘愚者, 使删定三礼, 割弃不要, 次其源流, 总合其事, 类集以相从. 其烦重游说, 辞异而义同者存之, 不可常行除之. 无所伤损, 卒可断约而举之, 勿令沈隐, 复有凝滞. 其吉凶器用之物, 俎豆觚觯之属, 衣冠车服之制, 旗章辨色之美, 宫室尊卑之品, 朝飨宾主之仪, 祭奠殡葬之变, 郊祀禘祫之法, 社稷山川之礼, 皆可减省, 务令约俭. 夫约则易从, 俭则用少;易从则不烦, 用少则费薄;不烦则涖事者无过矣, 费薄则调求者无苛矣. 拜休揖让之节, 升降盘旋之容, 使足叙事, 无令小碎. 条牒各别, 令易案用.
31.4 今五礼混挠, 杂饰纷错, 枝分叶散, 重出互见, 更相贯涉. 旧儒寻案, 犹多所滞, 驳难渐广异同无已, 殊理兼说, 岁增月长, 自非至精, 莫不惑闷. 踌躇岐路之衢, 悉劳群疑之薮, 煎神沥思, 考校判例, 尝有穷年, 竟不豁了. 治之勤苦, 决嫌无地, 呻吟寻析, 憔悴决角, 修之华首不立, 妨费日月, 废弃他业, 悉困後生, 真未央矣. 长致章句, 多於本书. 今若契合杂俗, 次比种稷, 删削不急, 抗其纲, 校其令, 炳若日月之著明, 灼若五色之有定, 息学者万倍之役, 弭诸儒争讼之烦, 将来达者观之, 当美於今之视周矣. 此亦改烧石去血食之比, 无所惮难, 而恨恨於惜怀, 推车迟於去巢居也.
31.5 然守常之徒, 而卒闻此义, 必将愕然创见, 谓之狂生矣. 夫三王不相沿乐, 五帝不相袭礼, 而其移风易俗, 安上治民一也. 或革或因, 损益怀善, 何必当乘船以登山, 策马以涉川, 被甲以升庙堂, 重裘以当隆暑乎! 若谓古事终不可变, 则棺椁不当代薪埋, 衣裳不宜改裸袒矣.

尚博卷第三十二

32.1 抱朴子曰:正经为道义之渊海, 子书为增深之川流. 仰而比之, 则景星之佐三辰也;俯而方之, 则林薄之裨嵩岳也. 虽津途殊辟, 而进德同归;虽离於举趾, 而合於兴化. 故通人总原本以括流末, 操纲领而得一致焉. 古人叹息於才难, 故谓百世为随踵, 不以璞非昆山而弃耀夜之宝, 不以书不出圣而废助教之言. 是以闾陌之拙诗, 军旅之鞫誓, 或词鄙喻陋, 简不盈十, 犹见撰录, 亚次典诰, 百家之言, 与善一揆. 譬操水者, 器虽异而救火同焉;犹针炙者, 术虽殊而攻疾均焉.
32.2 汉魏以来, 群言弥繁, 虽义深於玄渊, 辞赡於波涛, 施之可以臻徵祥於天上, 发嘉瑞於後土, 召环雉於大荒之外, 安圜堵於函夏之内, 近弭祸乱之阶, 远垂长世之祉. 然时无圣人, 目其口藻, 故不得骋骅騄之迹於千里之途, 编近世之道於三坟之末也. 拘系之徒, 桎梏浅隘之中, 挈瓶训诂之间, 轻奇贱异, 谓为不急. 或云小道不足观, 或云广博乱人思, 而不识合锱铢可齐重於山陵, 聚百十可以致数於亿兆, 群色会而衮藻丽, 众音杂而韶濩和也. 或贵爱诗乘浅近之细文, 忽薄深美富博之子书, 以磋切之至言为騃拙, 以虚华之小辩为妍巧, 真伪颠倒, 玉石混淆, 同广乐於桑间, 钧龙章於卉服. 悠悠皆然, 可叹可慨也!
32.3 或曰:“著述虽繁, 适可以骋辞耀藻, 无补救於得失, 未若德行不言之训. 故颜闵为上而游夏乃次. 四科之格, 学本而行末, 然则缀文固为余事, 而吾子不褒崇其源, 而独贵其流, 可乎? ”抱朴子答曰:“德行为有事, 优劣易见. 文章微妙, 其体难识. 夫易见者粗也, 难识者精也. 夫唯粗也, 故铨衡有定焉;夫唯精也, 故品藻难一焉. 吾故舍易见之粗, 而论难识之精, 不亦可乎! ”
32.4 或曰:“德行者本也, 文章者末也. 故四科之序, 文不居上. 然则著纸者, 糟粕之余事;可传者, 祭毕之刍狗. 卑高之格, 是可识矣. 文之体略, 可得闻乎? ”
32.5 抱朴子曰:“荃可以弃而鱼未获, 则不得无荃;文可以废而道未行, 则不得无文. 若夫翰迹韵略之宏促, 属辞比事之疏密, 源流至到之修短, 蕴藉汲引之深浅. 其悬绝也, 虽天外毫内, 不足以喻其辽邈;其相倾也, 虽三光熠耀, 不足以方其巨细. 龙渊铅铤, 未足譬其锐钝;鸿羽积金, 未足比其轻重. 清浊叁差, 所禀有主, 朗昧不同科, 强弱各殊气, 而俗士唯见能染毫画纸者, 便概之一例. 斯伯牙所以永思锺子, 郢人所以格斤不运也. 盖刻削者比肩, 而班狄擅绝手之称;援琴者至众, 而夔襄专知音之难. 厩马千驷, 而骐骥有邈群之价;美人万计, 而威施有超世之容. 盖有远过众者也.
32.6 “且夫文章之与德行, 犹十尺之与一丈, 谓之余事, 未之前闻. 夫上天之所以垂象, 唐虞之所以为称, 大人虎炳, 君子豹蔚, 昌旦定圣谥於一字, 仲尼从周之郁, 莫非文也. 八卦生鹰隼之所被, 六甲出灵龟之所负, 文之所在, 虽贱犹贵, 犬羊之鞟, 未得比焉. 且夫本不必皆珍, 末不必悉薄. 譬若锦绣之因素地, 珠玉之居蚌石, 云雨生於肤寸, 江河始於咫尺尔. 则文章虽为德行之弟, 未可呼为余事也.”
32.7 或曰:“今世所为, 多不及古, 文章著述, 又亦如之. 岂气运衰杀, 自然之理乎? ”
抱朴子答曰:“百家之言, 虽有步起, 皆出硕儒之思, 成才士之手, 方之古人, 不必悉减也. 或有汪濊玄旷, 合契作者, 内辟不测之深源, 外播不匮之远流, 其所祖宗也高, 其所紬绎也妙, 变化不系滞於规矩之方圆, 旁通不凝阂於一途之逼促, 是以偏嗜酸咸者, 莫能知其味, 用思有限者, 不能得其神也. 夫应龙徐举, 顾眄凌云, 汗血缓步, 呼吸千里, 而蝼虫岂怪其无阶而高致, 驽蹇患其过己之不渐也. 若夫驰骤於诗论之中, 周旋於传记之间, 而以常情览巨异, 以褊量测无涯, 以至粗求至精, 以甚浅揣甚深, 虽始自髫龀, 讫於振素, 犹不得也.
32.8 夫赏快者必誉之以好, 而不得晓者, 必毁之以恶, 自然之理也. 於是以其所不解者为虚诞, 慺诚以为尔, 未必违情以伤物也. 又世俗率神贵古昔而黩贱同时:虽有追风之骏, 犹谓之不及造父之所御也;虽有连城之珍, 犹谓之不及楚人之所泣也;虽有疑断之剑, 犹谓之不及欧冶之所铸也;虽有起死之药, 犹谓之不及和鹊之所合也;虽有超群之人, 犹谓之不及竹帛之所载也;虽有益世之书, 犹谓之不及前代之遗文也. 是以仲尼不见重於当时, 大玄见蚩薄於比肩也. 俗士多云, 今山不及古山之高, 今海不及古海之广, 今日不及古日之热, 今月不及古月之朗, 何肯许今之才士, 不减古之枯骨! 重所闻, 轻所见, 非一世之所患矣. 昔之破琴剿弦者, 谅有以而然乎!

汉过卷第三十三

33.1 抱朴子曰:历览前载, 逮乎近代, 道微俗弊, 莫剧汉末也. 当途端右阉官之徒, 操弄神器, 秉国之钧, 废正兴邪, 残仁害义, 蹲踏背憎, 即聋从昧, 同恶成群, 汲引奸党. 吞财多藏, 不知纪极, 而不能散锱铢之薄物, 施振清廉之穷俭焉. 进官则非多财者不达也, 狱讼则非厚货者不直也, 官高势重, 力足拔才, 而不能发毫厘之片言, 进益时之翘俊也. 其所用也, 不越於妻妾之戚属;其惠泽也, 不出乎近习之庸琐. 莫戒臧文窃位之讥, 靡追解狐忘私之义, 分禄以拟王林, 致事以由方回. 故列子比屋, 而门无郑阳之恤;高概成群, 而不遭暴生之荐. 抑挫独立, 推进附己, 此樊姬所以掩口, 冯唐所以永慨也.
33.2 干时率皆素餐俞容, 掩德蔽贤, 忌有功而危之, 疾清白而排之, 讳忠谠而陷之, 恶特立而摈之, 柔媚者受崇饰之佑, 方棱者蒙讪弃之患. 养豺狼而歼驎虞, 殖枳棘而翦椒桂. 於是傲兀不检丸转萍流者谓之弘伟大量;苛碎峭崄怀螫挟毒者, 谓之公方正直;令色警慧有貌无心者, 谓之机神朗彻;利口小辩希指巧言者, 谓之标领清妍;猝突萍鸴骄矜轻侻者, 谓之巍峨瑰杰;嗜酒好色阘茸无疑者, 谓之率任不矫;求取不廉好夺无足者, 谓之淹旷远节;蓬发亵服游集非类者, 谓之通美泛爱;反经诡圣顺非而博者, 谓之庄老之客;嘲弄嗤妍凌尚侮慢者, 谓之萧豁雅韵;毁方投圆面从响应者, 谓之绝伦之秀;凭倚权豪推货履径者, 谓之知变炎奇;懒看文书望空下名者, 谓之业大志高;仰赖强亲位过其才者, 谓之四豪之匹;输货势门以市名爵者, 谓之轻财贵义;结党合誉行与口违者, 谓之以文会友;左道邪术假托鬼怪者, 谓之通灵神人;卜占小数诳饰祸福者, 谓之知来之妙, (般马)弄矟一夫之勇者, 谓之上将之元;合离道听偶俗而言者, 谓之英才硕儒.
33.3 若夫体亮行高, 神清量远, 不谄笑以取悦, 不曲言以负心, 含霜履雪, 义不苟合, 据道推方, 嶷然不群, 风虽疾而枝不挠, 身虽困而操不改, 进则切辞正论, 攻过箴阙, 退则端诚杜私, 知无不为者, 谓之门音騃徒苦. 夙兴夜寐, 退食自公, 忧劳损益, 毕力为政者, 谓之小器俗吏. 於是明哲色斯而幽遁, 高俊括囊而佯愚, 疏贱者奋飞以择木, 絷制者曲从而朝隐, 知者不肯吐其秘算, 勇者不为致其果毅, 忠謇离退, 奸凶得志, 邪流溢而不可遏也, 伪途辟而不可杜也. 以臻乎凌上替下, 盗贼多有, 宦者夺人主之威, 三九死庸竖之手. 忠贤望士, 谓之党人, 囚捕诛锄, 天下嗟嗷, 无罪无辜, 闭门遇祸. 微烟起於萧墙, 而飚焚遍於宇宙;浅隙发於肤寸, 而波涛漂乎四极. 金城屠於庶寇, 汤池航於一苇, 劲锐望尘而冰泮, 征人倒戈而奔北, 飞锋荐於户衣闼, 左衽掠於禁省, 禾黍生於庙堂, 榛莠秀乎玉阶, 云观变为狐兔之薮, 象魏化为虎豹之蹊, 东序烟烬於委灰, 生民火焦沦於渊火, 凶家害国, 得罪竹帛, 良史无褒言, 金石无德音. 夫何哉? 夫人故也.

吴失卷第三十四

34.1 抱朴子曰:吴之杪季, 殊代同疾, 知前疾之失於彼, 不能改弦於此. 鉴乱亡之未远, 而蹑倾车之前轨, 睹枳首之争草母, 而忘同身之祸, 笑虮虱之宴安, 不觉事异而患等. 见竞济之舟沈, 而不知殊途而溺均也. 余生於晋世所不见, 余师郑君, 具所亲悉, 每诲之云:吴之晚世, 尤剧之病, 贤者不用, 滓秽弃序, 纪纲驰紊, 吞舟多漏. 贡举以厚货者在前, 官人以党强者为右, 匪富匪势, 穷年无冀. 德清行高者, 怀英逸而抑沦;有才有力者, 蹑云物以官跻. 主昏於上, 臣欺於下, 不党不得, 不竞不进, 背公之俗弥剧, 正直之道遂坏. 於是斥鷃因惊风以凌霄, 朽舟托迅波而电迈, 鸳凤卷六翮於丛棘, 鹢首滞潢污而不擢矣. 秉维之佐, 牧民之吏, 非母後之亲, 则阿谄之人也. 进无补过拾遗之忠, 退无听讼之干, 虚谈则口吐冰霜, 行己则浊於泥潦. 莫愧尸禄之刺, 莫畏致戎之祸, 以毁誉为蚕织, 以威福代稼穑. 车服则光可以鉴, 丰屋则群鸟爰止. 叱吒疾於雷霆, 祸福速於鬼神, 势利倾於邦君, 储积富乎公室. 出饰翟黄之卫从, 入游玉根之藻棁. 僮仆成军, 闭门为市, 牛羊掩原隰, 田池布千里. 有鱼沧濯裘之俭, 以窃赵宣平仲之名. 内崇陶侃文信之訾, 实有安昌董邓之污. 虽造宾不沐嘉旨之俟, 饥士不蒙升合之救, 而金玉满堂, 妓妾溢房, 商贩千艘, 腐谷万庾, 园囿拟上林, 馆第僭太极, 梁肉余於犬马, 积珍陷於帑藏.
34.2 其接士也, 无葭莩之薄;其自奉也, 有尽理之厚. 或有不开律令之篇卷, 而窃大理之位;不识几案之所置, 而处机要之职;不知五经之名目, 而飨儒官之禄;不闲尺纸之寒暑, 而坐著作之地. 笔不狂简, 而受驳议之荣;低眉垂翼, 而充奏劾之选;不辩人物之精粗, 而委以品藻之政;不知三才之军势, 而轩昂节盖之下;屡为奔北之辱将, 而不失前锋之显号;不别菠麦之同异, 而忝叨顾问之近任. 夫鱼质龙文, 似是而非, 遭水而喜, 见獭即悲, 虽临之以斧铖之威, 诱之以倾城之宝, 犹不能夺铅锋於犀兕, 聘驽蹇以追风, 非不忌重诛也, 非不悦美赏也, 体不可力, 无自奈何, 而欲与之辑熙百揆, 弘济大务, 犹托万钧於尺舟之上, 求千锺於升合之中, 绁刍狗而责卢鹊之效, 构鸡驽而崇鹰扬之功, 其不可用, 亦较然矣!
34.3 吴主不此之思, 不加夕惕, 佞谄凡庸, 委以重任, 危机急於弓广弩, 亡徵著於日月, 而自谓安於峙岳, 唐虞可仰也. 目力疲於绮粲, 而不以览庶事之得失;耳聪尽於淫音, 而不以证献言之邪正;谷帛靡於不争, 而不以赈战士之冻馁;心神悦於爱媚, 而不以念存亡之弘理. 盖轻乎崇替之源, 而忽乎宗庙之重者也.
34.4 郑君又称, 其师左先生隐居天柱, 出不营禄利, 不友诸侯, 然心愿太平, 窃忧桑梓, 乃慨然永叹於蓬屋之下, 告其门生曰:“汉必被耀, 黄精载起, 缵枢纽於太微, 回紫盖於鹑首. 联天理物, 光宅东夏, 惠风被於区外, 玄泽洽乎宇内. 重译接武, 贡楛盈庭, 荡荡巍巍, 格於上下, 承平守文, 因循甚易, 而五弦谧响, 南风不咏, 上不获恭己之逸, 下不闻康哉之歌. 飞龙翔而不集, 渊虬蟠而不跃, 驺虞翳於冥昧, 朱华牙而未秀, 阴阳相沴, 寒燠缪节, 七政告凶, 陵谷易所, 殷雷车訇磕. 於龙潜之月, 凝霜肃杀乎朱明之运. 玉烛不照, 沈醴不涌, 郊声多垒, 嘉生不遂夫岂他哉? 诚由四凶不去, 元凯不举, 用者不贤, 贤者不用也.
34.5 “然高概远量, 被褐怀玉, 守静洁志, 无欲於物, 藏路渊洿, 得意遗世, 非礼不动, 非时不见, 困而无闷, 穷而不悔, 乐天任命, 混一荣辱, 进无悦色, 退无戚容者, 固有伏死乎雍瓦牖, 安肯沽炫以进趋, 揭其不赀之宝, 以竞燕石之售哉! 孔墨之道, 昔曾不行, 孟轲扬雄, 亦居困否, 有德无时, 有自来耳. 世无离朱, 皂白混焉. 时乏管青, 骐蹇糅焉. 砾积於金匮, 瑾瑶委乎沟洫, 匠石缅而遐沦, 梓豫忽而莫识, 已矣, 悲夫! 我生不辰, 弗先弗後, 将见吴土之化为晋哉, 南民之变成北隶也.” 言犹在耳, 而孙氏舆榇.
34.6 抱朴子闻之曰:二君之言, 可为来戒. 故录於篇, 欲後代知有吴失国, 匪降自天也. 若苟讳国恶, 纤芥不贬, 则董狐无贵於直笔, 贾谊将受讥於过秦乎!

守塉卷第三十五

35.1 抱朴子曰:余友人有潜居先生者, 慕寝丘之莫争, 简塉土以葺宇, 锐精艺文, 意忽学稼, 屡失有年, 饥色在颜. 或人难曰:“天知礼在廪实, 施博由乎货丰, 高出於有余, 俭生乎不足. 故十千美於诗人, 食货首乎八政. 躬稼基克配之业, 耦耕有不改之乐. 奇士之居也, 进则侣鸿鸾以振翮, 退则叁陶白之理生, 仕必霸王, 居必千金, 是以昔人必科膏壤以分利, 勤四体以稼穑, 播原菽之与与, 茂嘉蔬之翼翼, 收麰秬之千仓, 积我庾之惟亿, 出连骑以游畋, 入侯服而玉食. 而先王之宅此也, 亢阳则出谷飏尘, 重阴则滔天凌丘, 陆无含秀之苗, 水无吐穗之株, 稗粝旷於圌廪, 薪爨废於庖厨. 怡尔执待兔之志, 坦然无去就之谟. 吾恐首阳之事, 必见於今;丹山之困, 可立而须. 人为子寒心, 子何晏然而弗忧也? 夫睹机而不作, 不可以言明, 安土而不移, 众庶之常事, 岂玩鲍者忘兰, 而大迷者易性乎! 何先生未寤之久也? 鄙人惑焉, 不识所谓. 夫兖冕非御锋镝之服, 典诰非救饥寒之具也. 胡不眎沃衍於四郊, 躬田畯之良业, 舍六艺之迂阔, 收万箱以赈乏乎? ”
35.2 潜居先生曰:“夫聩者不可督之以分雅郑, 瞽者不可责之以别丹漆, 井蛙不可语以沧海, 庸俗不可说以经术. 吾子苟知老农之小功, 未喻面墙之巨拙, 何异拾琐沙而捐隋和, 向炯烛而背白日也. 夫好尚不可以一概杚, 趋舍不可以彼我易也. 夫欲隮阆风陟嵩华者, 必不留行於丘垤;意在乎游南溟, 泛沧沧海者, 岂暇逍遥於潢洿. 是以注清听於九韶者, 巴人之声不能悦其耳;烹大牢飨方丈者, 荼蓼之味不能甘其口. 鹍鹏戾赤霄以高翔, 鹡鸰傲蓬林以鼓翼, 洿隆殊途, 亦飞之极. 晦朔甚促, 朝菌不识. 蜉蝣忽忽於寸阴, 野马六月而後息, 鯈鲋泛滥以暴鳞, 灵虬勿用乎不测, 行业乖舛, 意何可得. 余虽草梨餐之不充, 而足於鼎食矣.
35.3 故列子不以其乏, 而贪郑阳之禄, 曾叁不以其贫, 而易晋楚之富. “夫收微言於将坠者, 周孔之遐武也, 情孳孳以为利者, 孟叟之罪人也. 造远者莫能兼通於岐路, 有为者莫能并举於耕学, 体瘁而神豫, 亦何病於居约? 且又处塉则劳, 劳则不学清而清至矣. 居沃则逸, 逸则不学奢而奢来矣. 清者, 福之所集也;奢者, 祸之所赴也. 福集, 则虽微可著, 虽衰可兴焉;祸赴, 则虽强可弱, 虽存可亡焉. 此不期而必会, 不招而自来者也. 故君子欲正其末, 必端其本;欲辍其流, 则遏其源. 故道德之功建, 而侈靡之门闭矣. 姜望至德而佃不复种, 重华大圣而渔不偿网, 然後玉璜表营丘之祚, 大功有二十之高, 何必讥之以惰懒, 而察才以相士乎! 夫二人分财, 取少为廉, 余今让天下之丰沃, 处兹邦之偏埆, 舍安昌之膏腴, 取北郭之无欲, 诚万物之可细, 亦何往而不足哉! 北辰以不改为众星之尊, 五岳以不迁为群望之宗. 蟋蟀屡移而不贵, 禽鱼餍深则逢患. 方将垦九典之芜草岁, 播六德之嘉谷, 厥田邈於上士之科, 其收盈乎天地之间. 何必耕耘为务哉! 昔被衣以弃财止盗, 庚氏以推譬厉贪, 琉广散金以除子孙之祸, 叔敖取塉以弭可欲之忧, 牛缺以载珍致寇, 陶谷以多藏召殃. 得失较然, 可无鉴乎! ”
35.4 於是问者抑然, 良久口张而不能嗑, 首俯而不能仰. 慨而嗟乎, 始悟立不朽之言者, 不以产业汨和, 追下帷之绩者, 不以窥园涓目. 子以臭雏之甘呼鸳凤, 擗蟹之计要猛虎, 岂不陋乎! 鄙哉 , 子之不夙知也!

安贫卷第三十六

36.1 抱朴子曰:昔汉火寝耀, 龙战虎争, 九有幅裂, 三家鼎据. 有乐天先生者, 避地蓬转, 播流岷益, 始处昵於文休, 末见知於孔明. 而言高行方, 独立不群, 时人惮焉, 莫之或与. 时二公之力, 不能违众, 遂令斯生沈抑衡荜, 齿渐桑榆, 而韦布不改. 而时主思贤, 不闻不知;当途之士, 莫举莫贡. 潜侧武之陋巷, 窜绳枢之蓬屋, 进废经世之务, 退忘治生之车, 草梨餐屡空, 朝不谋夕.
36.2 於是偶俗公子造而诘之, 曰:’盖闻有伊吕之才者, 不久滞於穷贱;怀猗顿之术者, 不长处於饥寒. 达者贵其知变, 智士验乎不匮. 故范生出则灭吴霸越, 为命世之佐;入则货殖营生, 累万金之赀. 天贫在六极, 富在五福, 《诗》美加可矣,
36.3 《易》贵聚人, 垂饵香则鳝鲔来, 悬赏厚则果毅奋, 长卿所以解犊鼻而拥朱旄, 曲逆所以下席扉而享茅土, 不韦所以食十万之邑, 张侯所以拔囹圄之困也. 故下乡俭而获悔咎之辰, 漂妪丰而蒙千金之报. 先生无少伯之奇略, 专锐思乎六经, 忽绝米长之实祸, 慕不朽之虚名, 耻诡遇以干禄, 羞炫沽以要荣, 冀西伯之畋, 俟黄河之将清. 甘列子之菜色, 邈全神而遗形, 何异图画骐骥, 以代徒行之劳;遥指海水, 以解口焦之渴;张鱼网於峻极之巅;施钧缗於修木之末;虽自以为得所, 犹未免乎迂阔也. 事无身後之功, 物无违时之盛. 今海内瓜分, 英雄力竞, 象恭滔天, 猾夏放命, 驽蹇星驰以兼路, 豺狼奋口而交争. 当途投袂以讼屈, 素士蒙尘以履径, 纯儒释皇道而治五霸之术, 硕生弃四科而恤月旦之评. 筐篚实者, 进於草莱;乏资地者, 退於朝廷;握黄白者, 排金门而陟玉堂, 诵方策者, 结世雠而委泥泞;贽币浓者, 瓦石成珪璋;请托薄者, 龙骏弃林垧;党援多者, 偕惊飚以凌云;交结狭者, 侣踊鳖以沈泳.
36.4 夫丸泥已不能遏彭蠡之沸腾, 独贤亦焉能反流遁之失正? 今先生入无儋石之储, 出无束修之调. 徒含章如龙凤, 被文如虎豹, 吐之如波涛, 陈之如锦绣, 而冻饿於环堵, 何计疏之可吊? 奚不泛轻舟以托迅, 御飞帆以远之. 交瑰货於朔南, 收金碧於九疑. 迪崔烈之遐武, 縻好爵於清时? 徒疲劳於述作, 岂蝉蜕之有期也? 独苦身以为名, 乃黄老之所蚩也! ”
36.5 乐天先生答曰:“六艺备研, 八索必该. 斯则富矣, 振翰摛藻, 德音无穷, 斯则贵矣. 求仁仁至, 舍旃焉如. 夫栖重渊以颐灵, 外万物而自得, 遗纷埃於险途, 澄精神於玄默. 不窥牖以遐览, 判微言而靡惑. 虽复设之以台鼎, 犹确尔而弗革也. 曷肯忧贫而与贾竖争利, 戚穷而与凡琐竞达哉! 吾子苟知商贩可以崇宝, 耕也可以免饥, 不识逐麋者不顾兔, 道远者其到迟也. 且夫尚父之鼓刀, 素首乃吐奇也;万钧之为重, 冲飚不能移;箫韶未九成, 灵鸟纡仪也. 是以俟扶摇而登苍霄者, 不弃诎於蓬蒿之杪;骋兰筋以陟六万者, 不争途乎蹇驴之群. 大孝必畏辱亲之险, 故子春战悸於下堂;上智不贵难得之财, 故唐虞捐金而抵譬. 明哲消祸於未来, 知士闻利则虑害, 而吾子言凡仆以泛舟, 孳孳於润屋, 劝隋珠之弹雀, 控虎口以夺肉, 轻遗体於不测, 触重险以远至, 忘发肤之明戒, 寻乾没於难冀. 若夫焚输倾岩, 木拔石飞, 阳侯山峙, 洪涛山罪巍, 轻艘尘漂, 力与心违, 从嗟泣而罔逮, 乃悟达者之见微也.
36.6 “昔回宪以清苦称高, 陈平以无金免危, 广汉以好利丧身, 牛缺以载宝灰糜. 匹夫枉死於怀璧, 丰狐召灾於美皮. 今吾子督余以诲盗之业, 敦余以召贼之策, 进鸩酒以献酬, 慧养寿之忠益. 夫士以三坟为金玉, 五典为琴筝, 讲肄为锺鼓, 百家为笙簧, 使味道者以辞饱, 酣德者以义醒, 超流俗以高蹈, 轶亿代以扬声, 方长驱以独往, 何货贿之秽情. 夫藏多者亡厚, 好谦者忌盈, 含夜光者速剖, 循覆车者必倾, 过载者沈其舟, 欲胜者杀其生. 盖下士所用心, 上德所未营也.” 於是问者荡然自失, 请备门生之末编, 永宝长生之良方焉.

仁明卷第三十七

37.1 抱朴子曰:门人共论仁明之先後, 各据所见, 乃以谘余. 余告之曰:“三光华象者乾也, 厚载无穷者坤也, 乾有仁而兼明, 坤有仁而无明. 卑高之数, 不以邈乎! 夫唯圣人, 与天合德. 故唐尧以钦明冠典, 仲尼以明义首篇. 明明在上, 元首之尊称也. 明哲保身, 大雅之绝踪也. 虫口月飞蠕动, 亦能有仁. 故其意爱弘於长育, 哀伤著於啁噍. 然赴阬阱而无猜, 入罻罗而不觉. 有仁无明, 故并趋祸而攸失炽, 潜景以易咀生, 结栋宇以免巢穴, 选禾稼以代毒烈, 制衣裳以改裸饰. 後舟楫以济不通, 服牛马以息负步, 序等威以镇祸乱, 造器械以戒不虞, 创书契以治百官, 制礼律以肃风教, 皆大明之所为, 非偏人之所能辩也.
37.2 “夫心不违仁而明不经国, 危亡之祸, 无以杜遏, 亦可知矣. 夫料盛衰於未兆, 探机事於无形, 指倚伏於理外, 距浸润於根生者, 明之功也. 垂恻隐於昆虫, 虽见犯而不校, 睹觳觫而改牲, 避行苇而不蹈者, 仁之事也. 尔则明者才也, 行者行也. 杀身成仁之行可力为, 而至鉴玄测幽之明难亡假. 精粗之分, 居然殊矣. 夫体不忍之仁, 无臧否之明, 则心惑伪真, 神乱朱紫, 思算不分, 邪正不识. 不远安危, 则一身之不保, 何暇立以济物乎! 昔姬公非无友於之爱, 而涕泣以灭亲;石石昔非无天性之慈, 而割私以奉公. 盖明见事体, 不溺近情, 遂为纯臣. 以义断恩, 舍仁用明, 以计抑仁, 仁可时废而明不可无也. 汤武逆取顺守, 诚不仁也. 应天革命, 以其明也. 徐偃修仁以朝同班, 外坠城池之险, 内无戈甲之备, 亡国破家, 不明之祸也.”
37.3 门人曰:“仲尼叹仁为任重而道远, 又云, 人而不仁如礼何? 若圣与仁, 则吾岂敢!
孟子曰, 仁, 宅也;义, 路也. 人无恻隐之心, 非仁也. 三代得天下以仁, 失天下以不仁. 此皆圣贤之格言, 竹素之显证也. 而先生贵明, 未见典据. 小子蔽暗, 窃所惑焉.”
37.4 抱朴子答曰:“古人云, 好仁不好学, 其蔽也愚. 子近之矣. 曩六国相吞, 豺虎力竞, 高权诈而下道德, 尚杀伐而废退让, 孟生方欲抑顿贪残, 褒隆仁义, 安得不勤勤谆谆, 独称仁邪? 然未有片言, 云仁胜明也. 譬犹疫疠之时, 医巫为贵, 异口同辞, 唯论药石, 岂可便谓针艾之伎, 过於长生久视之道乎? 且吾以为仁明之事, 布於方策, 直欲切理示, 大较精神, 举一隅耳. 而子犹日用而不知, 云明事之无据乎! 乾称大明终始, 六位时成. 是立天以明, 无不包也. 坤云至哉万物资生, 是地德仁, 承顺而已. 先後之理, 不亦炳然! 《诗》云, 明明上天, 照临下土. 明明天子, 令问不已. ’《易》曰, 王明并受其福. 幽赞神明, 神而明之. 此则明之与神合体, 诚非纯仁, 所能企拟也. 孔子曰‘聪明神武’, 不云‘聪仁’, 又曰‘昔者明王之治天下’, 不曰‘仁王’. 《春秋传》曰:‘明德惟磬’, 不云‘仁德’. 《书》云‘元首明哉’, 不曰‘仁哉’. 老子叹上士, 则曰‘明白四达’, 其说衰薄, 则曰‘失道而後德, 失德而後仁’. 《易》曰‘王者南面向明’, 不云‘向仁’也. 我欲仁, 斯仁至矣. 又曰‘为仁由己’, 斯则人人可为之也. 至於聪明, 何可督哉! 故孟子云, 凡见赤子将入井, 莫不趋而救之. 以此观之, 则莫不有仁心, 但厚薄之间, 而聪明之分时而有耳. 昔崔杼不杀晏婴, 晏婴谓杼为大不仁, 而有小仁. 然则奸臣贼子, 犹能有仁矣.”
37.5 门人又曰:“《易》称立人之道, 曰仁与义, 然则人莫大於仁也.” 抱朴子答曰:“所以云尔者, 以为仁在於行, 行可力为, 而明入於神, 必须天授之才, 非所以训故也.

博喻卷第三十八

38.1 抱朴子曰:盈乎万钧, 必起於锱铢;竦秀凌霄, 必始於分毫. 是以行潦集而南溟就无涯之旷, 寻常积而玄圃致极天之高.
38.2 抱朴子曰:骋逸策迅策迅者, 虽遗景而不劳, 因风凌波者, 虽济危而不倾. 是以元凯分职, 而则天之勋就;伊吕去世任, 而革命之功就.
38.3 抱朴子曰:琼艘瑶缉, 无涉川之用;金弧玉弦, 无激乖之能. 是以介洁而无政事者, 非拨乱之器, 儒雅而乏治略者, 非翼亮之才.
38.4 抱朴子曰:阆风玄圃, 不借高於丘垤;悬黎结绿, 不假观於琼珉. 是以英伟不群, 而幽蕙之芬骇;峻概独立, 而众禽之响振.
38.5 抱朴子曰:冰炭不炫能於冷热, 瑾瑜不证珍而体著. 是以君子恭己, 不恤乎莫与, 至人尸居, 心遗乎毁誉.
38.6 抱朴子曰:冲飚倾山, 而不能效力於拔毫;火烁金石, 而不能耀烈以起湿. 是以淮阴善战守, 而拙理治之策;绛侯安社稷, 而乏承对之给.
38.7 抱朴子曰:徇名者不以授命为难, 重身者不以近欲累情. 是以纪信甘灰糜而不恨, 杨朱同一毛於连城.
38.8 抱朴子曰:小鲜不解灵虬之远规, 凫鹥不知鸿鹄之非匹. 是以耦耕者笑陈胜之投耒, 浅识者嗤孔明之抱膝.
38.9 抱朴子曰:淳钧之锋, 验於犀兕;宣慈之良, 效於明试. 是以同否则元凯与斗筲无殊, 并任则騄骐与驽骀不异.
38.10 抱朴子曰:器非瑚簋, 必进锐而退速;量拟伊吕, 虽发晚而到早. 是以鹪鹩倦翮, 犹不越乎蓬杪, 鸳雏徐起, 顾眄而戾苍昊.
38.11 抱朴子曰:否终则承之以泰, 晦极则清辉晨耀. 是以垂耳吴阪者, 骋千里之逸轨;萦鳞九渊者, 凌虹霓以高蹈.
38.12 抱朴子曰:九断四属者, 蕴藻所以表灵;摧柯碎叶者, 茝蕙所以增芬. 是以夷吾桎槛, 而建匡合之绩;应侯困辱, 而著入秦之勋.
38.13 抱朴子曰:听竞者细, 则利同而雠结;善否殊途, 则事异而结生. 是以嫫母宿瘤, 恶见西施之艳容;商臣小白, 曾闻延州之退耕.
38.14 抱朴子曰:精纯舛迹, 则凌迟者愧恨;壮弱异科, 则扛鼎者见忌. 是以淮阴显擢, 而庸隶悒懊以疾其超;武安功高, 而范睢饰谈以破其事.
38.15 抱朴子曰:必死之病, 不下苦口之药;朽烂之材, 不受雕镂之饰. 是以比干匪躬, 而剖心於精忠;田丰见微, 而夷戮於言直.
38.16 抱朴子曰:峄阳孤桐, 不能无弦而激哀响;大夏孤竹, 不能莫吹而吐清声. 是官卑者稷离不能康庶绩, 权薄者伊周不能臻升平.
38.17 抱朴子曰:登峻者戒在於穷高, 济深者祸生於舟重. 是以西秦有思上蔡之李斯, 东越有悔盈亢之文种.
38.18 抱朴子曰:刚柔有不易之质, 贞桡有天然之性. 是以百炼而南金不亏其真, 危困而烈士不失其正.
38.19 抱朴子曰:不以其道, 则富贵不足居;违仁舍义, 虽期颐不足吝. 是以卞随负石以投渊, 仲由甘心以赴刃.
38.20 抱朴子曰:卑高不可以一概齐, 餐廪不可以劝沮化. 是以惠施患从车之苦少, 庄周忧得鱼之方多.
38.21 抱朴子曰:出处有冰炭之殊, 躁静有飞沈之异. 是以墨翟以重茧趼怡颜, 箕叟以遗世得意.
38.22 抱朴子曰:适心者交浅而爱深, 忤神者接久而弥乖. 是以声同则倾盖而居昵, 道异而白首而无爱.
38.23 抱朴子曰:艅艎鹢首, 涉川之良器也, 櫂之以北狄, 则沈漂於波流焉. 蒲梢汗血, 迅趋之骏足也, 御非造父, 则倾偾於崄途焉. 青萍豪曹, 剡锋之精绝也, 操者非羽越, 则有自伤之患焉. 劲兵锐卒, 拨乱之神物也, 用者非明哲, 则速自焚之祸焉.
38.24 抱朴子曰:天秩有不迁之常尊, 无礼犯遄死之重刺. 是以玄洲之禽兽, 惟能言而不得厕贵牲;蛩蛩之负厥足, 虽寄命而不得为仁义.
38.25 抱朴子曰:谤读言不可以巧言弭, 实恨不可以虚事释. 释之非其道, 弭之不由理, 犹怀冰以遣冷, 重炉以却暑, 逐光以逃影, 穿舟以止漏矣.
38.26 抱朴子曰:明主官人, 不令出其器;忠臣居位, 不敢过其量. 非其才而妄授, 非所堪而虚任, 犹冰碗之盛沸汤, 葭莩之包烈火, 缀万钧於腐索, 加倍载於扁舟.
38.27 抱朴子曰:豹笏之裘, 不为负薪施;九成六变, 不为聋夫设;高唱远和, 不为庸愚吐;忘身致果, 不为薄德作.
38.28 抱朴子曰:民财匮夫而求不已, 下力竭矣, 而役不休, 欲怨叹之不生, 规其宁之惟永, 断根以续枝, 割背以裨腹, 刻目以广明, 剜耳以开聪也.
38.29 抱朴子曰:法无一定, 而慕权宜之随时, 功不倍前, 而好屡变以偶俗, 犹剸高马以适卑车, 削附踝以就偏履, 断长剑以赴短鞞, 割尺璧以纳促匣也.
38.30 抱朴子曰:止波之修鳞, 不出穷谷之隘;鸾栖之峻木, 不秀培蝼之卑, 九畴之格言, 不吐庸猥之口 , 金版之高算, 不出恒民之怀, 睹百抱之支, 则足以知其本之不细, 睹汪濊之文, 则足以觉其人之渊邃.
38.31 抱朴子曰:桑林郁蔼, 无补柏木之凄冽;膏壤带郭, 无解黔敖之蒙袂. 然茧纩绨纨, 引之自出, 千仓万箱, 於是乎生. 故识远者贵本, 见近者务末.
38.32 抱朴子曰:体粗者系形, 知精者得神, 原始见终者, 有可推之绪, 得之未朕者, 无假物之因. 是以昼见天地, 未足称明, 夜察分毫, 乃为绝伦.
38.33 抱朴子曰:镦藻春耀, 不能离柯以久鲜;吞舟之鱼, 不能舍水而摄生. 是以名美而实不副者, 必无没节之风;位高而器不称者, 不免致寇之败.
38.34 抱朴子曰:忍痛苦之药石者, 所以除伐命之疾;婴甲胄之重冷者, 所以捍锋镝之集;洁操履之拘苦者, 所以全拔萃之业;纳拂心之至言者, 所以无易方之惑也.
38.35 抱朴子曰:鸾凤竞粒於庭场, 则受亵於鸡鹜;龙麟杂厕於刍豢, 则见觌於六牲. 是以商老栖峻以播邈世之操, 卞随赴深以全遗物之声.
38.36 抱朴子曰:浚井不渫则泥泞滋积, 嘉谷不耘则荑莠弥蔓. 学而不思则阂实繁, 讲而不精则长惑丧功.
38.37 抱朴子曰:积万金於箧匮, 虽俭乏而不用, 则未知其有异於贫窭. 怀逸藻於胸心, 不寄意於翰素, 则未知其有别於庸猥.
38.38 抱朴子曰:南威青琴, 姣冶之极, 而必俟盛饰以增丽, 回赐游夏, 虽天才隽朗, 而实须《坟》《诰》以广智.
38.39 抱朴子曰:丹帏接网, 组帐重荫, 则丑姿翳矣;朱漆饰致, 错涂炫耀, 则枯木隐矣. 是以六艺备则卑鄙化为君子, 众誉集则孤陋邈乎贵游.
38.40 抱朴子曰:繁林翳荟, 则羽族云萃;玄渊浩汗, 则鳞群兢赴. 德盛业广, 则宅心者众, 舍瑕录用, 即远怀近集.
38.41 抱朴子曰:寻飞绝景之足, 而不能骋逸放於吕梁;凌波泳渊之属, 而不能陟峻而攀危. 故离朱剖秋毫於百步, 而不能辩八音之雅俗;子野合通灵之绝响, 而不能指白黑於咫尺.
38.42 抱朴子曰:四聪广辟, 则羲和纳景;万仞虚己, 则行潦交赴. 故博辨之道弘, 则异闻毕集;庭燎之耀辉, 则奇士叩角;诽谤之木设, 则有过必知;敢谏之鼓悬, 则直言必献.
38.43 抱朴子曰:能言莫不褒尧, 而尧政不必皆得也;举世莫不贬桀, 而桀事不必尽失也. 故一条之枯, 不损繁林之蓊蔼;蒿麦冬生, 无解毕发之肃杀. 西施有所恶而不能减其美者, 美多也;嫫母有所美而不能救其丑者, 丑笃也.
38.44 抱朴子曰:身与名, 难两济;功与神, 鲜并全. 支离其德者, 苦而必安;用以适世, 者乐而多危. 故鸷禽以奋击拘絷, 言鸟以智慧见宠, 琼瑶以符辨剖判, 三金以琦玩治铄, 兰茝以芬馨剪刈, 文梓以含音受伐. 是以翠蚪睹化益而登玄云, 灵凤值孟戏而反丹穴, 子永叹天伦之伟, 漆园悲被绣之牺.
38.45 抱朴子曰:万麋倾角, 猛虎为之含牙;千禽鳞萃, 鸷鸟为之握爪. 是以四国流言, 公旦不能遏;谤者盈路, 而子产无以塞.
38.46 抱朴子曰:威施之艳, 粉黛无以加, 二至之气, 吹嘘不能增. 是以怀英逸之量者, 不务风格以示异;体邈俗之器者, 不恤小誉以徇通.
38.47 抱朴子曰:鳞止凤仪, 所患在少;狐鸣枭呼, 世忌其多. 是以俊×盈朝, 而求贤者未倦;谗佞作威, 而忠贞者切齿.
38.48 抱朴子曰:多力何必孟贲乌获, 逸容凯唯郑旦毛嫱, 飚迅非徒骅骝驌騻, 立断未独沈闾干将. 是以能立素王之业者, 不必东鲁之丘;能洽掩枯之仁者, 不必西邻之昌.
38.49 抱朴子曰:灵凤振响於朝阳, 未有惠物之益, 而莫不澄听於下风焉. 鸱枭宵集於垣宇, 未有分厘之损, 而莫不掩耳而注镝焉. 故善言之往, 无远不悦;恶言之来, 靡近不忤. 犹日月无谢於贞明, 枉矢见忘於暂出.
38.50 抱朴子曰:影无违形之状, 名无离实之文. 故背源之水, 必不能扬长流以东渐;非时之华, 必不能稽辉藻於冰霜.
38.51 抱朴子曰:锯牙之兽, 虽低伏而见惮;挥斧之虫, 虽口止全形而不威. 故君子被褐, 穷而不可轻;小人轩冕, 达而不足重.
38.52 抱朴子曰:逸麟逍遥大荒之表, 故无机阱之祸;灵鸧振翅玄圃之峰, 以违罩罗之患. 何必曲穴而永怀怵惕. 何必衔芦而惨惨畏容. 故充乎宰割之用者, 必爱乎刍豢者也. 给乎煎熬之膳者, 必安乎庭立者也.
38.53 抱朴子曰:聪者贵於理遗音於千载之外, 而得兴亡之迹. 明者珍於鉴逸群於寒瘁之中, 而抽匡世之器. 若夫聆繁会之响, 而顾问於庸工, 非延州之清听也. 枉英远之才, 而谘之於常人, 非独见之奇识也. 故与不赏物者而论用凌侪之器, 是使瞽者指五色也;与妒胜己者而谋举疾恶之贤, 是与狐议治裘也.
38.54 抱朴子曰:鸗駮危苦於崄峻之端, 不乐口弗守之役, 吉光饥渴於冰霜之野, 不愿牺牲之鲍, 孤竹不以绝粒易鹿台之富, 子廉不以困匮贸铜山之丰.
38.55 抱朴子曰:志合者不以山海为远, 道乖者不以咫尺为近. 故有跋涉而游集, 亦或密迩而不接.
38.56 抱朴子曰:华衮粲烂, 非只色之功;嵩岱之峻, 非一篑之积. 故九子任而康凝之绩熙, 四七授而佐命之勋著.
38.57 抱朴子曰:翠虬无翅而天飞;螣蛇无足而电鹜, 鳖无耳而关头善闻, 蚓无口而扬声. 故皋繇喑而与辩者同功, 晋野瞽而与离朱齐明.
38.58 抱朴子曰:官达者才未必当其位, 誉美者实未必副其名. 故锯齿不能咀嚼, 箕舌不能别味, 壶耳不能理音, 尸彳乔鼻不能识气, 釜目不能扌卢望舒之景, 床足不能有寻常之逝.
38.59 抱朴子曰:路人不能挽劲命中而识养由之射, 颜子不能控辔振策而知东野之败. 故有不能下棋而经目识胜负, 不能徽弦而过耳解郑雅者.
38.60 抱朴子曰:垂荫万亩者, 必出峻极之岭;滔天襄陵者, 必发板桐之源. 邈世之勋, 必由绝伦之器;定倾之算, 必吐冠俗之怀. 是以虫焦螟之巢, 无乘风之羽;沟浍之中, 无宵朗之琦.
38.61 抱朴子曰:冲飚焚轮, 原火所以增炽也, 而萤烛值之而反灭;甘雨膏泽, 嘉生所以繁荣也, 而枯木得之以速朽;朱轮华毂, 俊民之大宝也, 而负乘窃之而召祸;鼎食万锺, 宣力之弘报也, 而近才授之以覆食束.
38.62 抱朴子曰:屠犀为甲, 给乎专征之服, 裂翠为华, 集乎後妃之首, 虽出幽谷, 迁於乔木, 然为二物之计, 未若栖窜於林薄, 摄生乎榛薮也. 故灵龟宁曳尾於涂中, 而不愿巾笥之宝;泽雉乐十步之啄, 以违鸡鹜之祸.
38.63 抱朴子曰:偏才不足以经周用, 只长不足以济众短. 是以鸡知将旦, 不能究阴阳之历数;鹄识夜半, 不能极晷景之道度;山鸠知晴雨於将来, 不能明天文;蛇虫岂知潜泉之所居, 不能达地理.
38.64 抱朴子曰:禁令不明, 而严刑以静乱;庙算不精, 而穷兵以侵邻. 犹钐禾以讨蝗虫, 伐木以杀蠹蝎, 食毒以中蚤虱, 彻舍以逐雀鼠也.
38.65 抱朴子曰:锐锋产乎钝石, 明火炽乎暗木, 贵珠出乎贱蚌, 美玉出乎丑璞. 是以不可以父母限重华, 不可以祖祢量卫霍也.
38.66 抱朴子曰:志得则颜怡, 意失则容戚. 本朽则末枯, 源浅则流促. 有诸中者必形乎表, 发乎迩者必著乎远.
38.67 抱朴子曰:妍姿媚貌, 形色不齐, 而悦情可均;丝竹金石, 五声诡韵, 而快耳不异;缴飞钩沈, 罾举罝抑, 而有获同功;树勋立言, 出处殊途, 而所贵一致.
38.68 抱朴子曰:利丰者害厚, 质美者召灾. 是以南禽歼於藻羽, 穴豹死於文皮, 鳣鲤积而玄渊涸, 麋鹿聚而繁林焚, 金玉崇而寇盗至, 名位高而忧责集.
38.67 抱朴子曰:商风宵肃则絺扇废, 登危陟峻则轻舟弃, 干戈云扰则文儒退, 丧乱既平则武夫黜.
38.70 抱朴子曰:价直万金者, 不待见其物而好恶可别矣;条枝连抱者, 不俟围其木而巨细可论矣. 故望洪涛之滔天, 则知其不起乎潢污之中矣;观翰草之汪濊, 则知其不出乎章句之徒矣.
38.71 抱朴子曰:丹华绿草, 不拘於曲瘁之株;紫芝芳秀, 不限於斥卤之壤. 是以受玄珪以告成者, 生於四罪之门;承历数於文祖者, 出於顽嚣之家.
38.72 抱朴子曰:善言居室, 则靡远不应;枉直不中, 则无近不离. 是以宋野有退舍之荧惑;殷朝有外奔之昵属. 四环至自少广之表, 鹿马变於萧墙之里.
38.73 抱朴子曰:荆卿朱亥, 不示勇於怯弱之间;孟贲冯妇, 不奋戈戟於俚侠之群. 英儒硕生, 不饰细辩於浅近之徒;达人伟士, 不变日交察於流俗之中.
38.74 抱朴子曰:盘旋揖让, 非御寇之容;掼甲缨胄, 非庙堂之饰. 垂绅振佩, 不可以挥刃争锋;规行矩步, 不可以救火拯溺.
38.75 抱朴子曰:乾坤陶育, 而庶物不识其惠者, 由乎其益无方也;大人神化, 而群细不觉其施者, 由乎治之於未有也. 故可知者小也, 易料者少也.
38.76 抱朴子曰:娥英任姒, 不以蚕织为首称, 汤武汉高, 不以细行招近誉. 故澄视於三辰者, 不遑纡鉴於井谷;清听於韶濩者, 岂暇垂耳於桑间.
38.77 抱朴子曰:肤表或不可以论中, 望貌或不可以核能. 仲尼似丧家之狗, 公旦类朴斫之材, 咎繇面如蒙倛, 伊尹形若槁骸, 及龙阳宋朝, 犹土偶之冠夜光, 藉孺董邓, 犹锦纨之裹尘埃也.
38.78 抱朴子曰:勋华不能化下愚, 故教不行於子弟;辛癸不能改上智, 故恶不染於三仁.
38.79 抱朴子曰:至大有所不能变, 极细有所不能夺. 故冰霜肃杀, 不能凋菽麦之茂;炽暑郁阴, 不能消雪山之冻;飚风荡海, 不能使潜泉扬波;春泽荣物, 不能使枯卉发华. 抱朴子曰:泣血之宝, 仰石监石诸以摛景, 沈闾孟劳, 须楚砥以敛锋, 骝马日待王孙而致远, 令质俟櫽括而成德.
38.80 抱朴子曰:栖鸾戢鸑, 虽饥渴而不愿笼委於庖人之室;乘黄天鹿, 虽幽饥而不乐草刍秣於濯龙之厩. 是以掇蜩之叟, 忘万物於芳林, 垂纶之生, 忽执珪於南楚.
38.81 抱朴子曰:方圆舛状, 逝止异归. 故浑象尊於行健, 坤後贵於安贞. 七政四气, 以周流成功;五岳六柱, 以峙静作镇. 是以宋墨楚申, 以载驰存国, 干木胡明, 以无为折冲.
38.82 抱朴子曰:得意於丘园者, 身否而神泰;役己以恤物者, 形逸而心劳. 故抱瓮灌园者, 欢於台宰;呕餐茹薇者, 美乎鼎食;仗策去豳者, 形如月居腊;夜以待旦者, 勤忧损命.
38.83 抱朴子曰:仁忍有天渊之绝, 善否犹有无之觉. 驺虞侧足以蹈虚, 豺狼掩群以害生. 虞卿捐相印以济穷, 华公让三事以推贤. 李斯疾胜己而杀韩非, 庞涓患不如而刑孙膑.
38.84 抱朴子曰:用得其长, 则才无或弃;偏诘其短, 则触物无可. 故轻罗雾縠, 治服之丽也, 而不可以御流镝;沈闾巨阙, 断斩之良也, 而不可以挑脚刺.
38.85 抱朴子曰:小疵不足以损大器, 短疒火不足以累长才. 日月挟虫鸟之瑕, 不妨丽天之景, 黄河合泥滓之浊, 不害凌山之流. 树塞不可以弃夷吾, 夺田不可以薄萧何, 窃妻不可以废相如, 受金不可以斥陈平.
38.86 抱朴子曰:虎豹不能搏噬於波涛之中, 螣蛇不能登凌於不雾之日, 挚雉兔则鸾凤不及鹰鹞, 引耕犁则龙麟不逮双峙. 故武夫勇士, 无用乎晏如之世;硕生逸才, 不贵乎力竞之运.
38.87 抱朴子曰:两绊而项领, 则骐騄与蹇驴同矣;失林而居槛, 则猿狖与獾貉等矣;韬锋而不击, 则龙泉与铅刀均矣;才远任近, 则英俊与庸王肖比矣. 若乃求千里之迹於絷维之骏, 责匠世之勋於剧碎之贤, 谓之不惑, 吾不信也.
38.88 抱朴子曰:捐荼茹蒿者, 必无识甘之口;弃琼拾砾者, 必无甄珍之明. 薄九成而悦北鄙者, 吾知其不能格灵只而仪翔凤矣. 舍英秀而杖常民者, 吾知其不能叙彝伦而臻升平矣.
38.89 抱朴子曰:达乎通塞之至理者, 不悁悒於穷否;审乎自然之有命者, 不逸豫於道行. 故萦抑渊洿, 则遗愠闷之心;振耀宸户衣, 而无得意之色. 三仕三已, 则其人也.
38.90 抱朴子曰:否泰系乎运, 穷达不足以论士;得失在乎适, 营辱不可以量才. 时命不可以力求, 遭遇不可以智违. 故尚父者, 老妇之弃夫;韩信者, 乞食之饿子;萧公者, 斗筲之吏;黥布者, 刑黜之亡隶. 当其行龙姿於虺蜥之中, 卷凤翅乎斥鷃之群, 则彼龙後, 谓为其伦.
38.91 抱朴子曰:四灵翳逸, 而为隆平之符;幽人嘉遁, 而为有国之宝. 何必司晨而衔镳, 羁绁於忧责哉? 有用人之用也, 无用我之用也, 徇身者不以名汨和, 修生者不以物累己.
38.92 抱朴子曰:量才而授者, 不求功於器外;揆能而受者, 不负责於力尽. 故灭荧烛者不烦沧海, 扛斤两者不事乌获. 运薪辇盐, 不宜枉骐骥之脚;碎职琑任, 安足屈独行之俊矣?
38.93 抱朴子曰:田巛浍之流, 不能运大白之艘;升合之器, 不能容千锺之物. 熠耀不能并表微之景, 常才不能别逸伦之器. 盖造化所假, 聪明有本根也.
38.94 抱朴子曰:郢人美下里之淫蛙, 而薄六茎之和音;庸夫好悦耳之华誉, 而恶利行之良规. 故宋玉舍其延灵之精声, 智士招其独见之远谋.
38.95 抱朴子曰:琼珉山积, 不能无挟瑕之器;邓林千里, 不能无偏枯之木. 论珍则不可以细疵弃巨美;语大则不可以少累废其多故. 叛主者, 良平也, 而吐六奇以安上;群盗者彭越也, 而建弘勋於佐命.
38.96 抱朴子曰:五岳巍峨, 不以藏疾伤其极天之高;沧海滉瀁, 不以含垢累其无涯之广. 故九德尚宽以得众, 宣尼泛爱而与进.

广譬卷第三十九

39.1 抱朴子曰:立德践言, 行全操清, 斯则富矣, 何必玉帛之崇乎? 高尚其志, 不降不辱, 斯则贵矣, 何必青紫之兼拕也? 俗民不能识其度量, 庸夫不得揣其铨衡, 是则高矣, 何必凌云而蹈霓乎? 问者莫或测其渊流, 求者未有觉其短乏, 是则深矣, 何必洞河而沦海乎? 四海苟备, 虽室有悬磬之窭, 可以无羡乎铸山而煮海矣. 身处鸟兽之群, 可以不渴乎朱轮而华毂矣.
39.2 抱朴子曰:潜灵俟庆云以腾竦, 栖鸿阶劲风以凌虚, 素鳞须姬发而跃, 白雉待公旦而来, 姜老值西伯而投石番溪之纶, 韩英遭汉高乃骋拨乱之才.
39.3 抱朴子曰:澄精神於玄一者, 则形器可忘;邈高节以外物者, 则富贵可遗. 故支离之□, 伟造化而怡颜;北人箕叟, 栖嵩岫而得意焉.
39.4 抱朴子曰:粗理不可浃全, 能事不可举兼. 故悬象明而可蔽, 山川滞而或移, 金玉刚而可柔, 坚冰密而可离. 公旦不能与伯氏跟絓於冯云之峻, 仲尼不能与吕梁较伎於百仞之溪.
39.5 抱朴子曰:震雷不能细其音, 以协金石之和;日月不能私其耀, 以变曲照之惠;大川不能促其涯, 以适速济之情;五岳不能削其峻, 以副陟者之欲. 故广车不能胁其辙以苟通於狭路, 高士不能撙其节以同尘於隘俗. 抱朴子曰:阴阳以广陶济物, 三光以普照著明, 嵩华以藏疾为旷, 北溟以含垢称大, 硕儒以与进弘道, 远数以博爱容众.
39.6 抱朴子曰:灵龟之甲, 不必为战施;麟角凤爪, 不必为斗设. 故隽生不释剑於平世, 击柝不辍备於思危.
39.7 抱朴子曰:南金不为处幽而自轻, 瑾瑶不以居深而止洁. 志道者不以否滞而改图, 守正者不以莫赏而苟合.
39.8 抱朴子曰:登玄圃者, 悟丘阜之卑;浮溟海者, 识池沼之褊. 披九典乃觉墙面之笃蔽, 闻至道乃知拘俗之多迷.
39.9 抱朴子曰:浑沌之原, 无皎澄之流;毫厘之根, 无连抱之枝;分寸之烬, 无炎远之热;隙穴
之中, 无炳蔚之群;钩曲之形, 无绳直之影;叁差之上, 无整齐之下.
39.10 抱朴子曰:不睹琼琨之熠烁, 则不觉瓦砾之可贱;不觌虎豹之彧蔚, 则不知犬羊之质漫. 聆白雪之九成, 然後悟巴人之极鄙;识儒雅之汪濊, 尔乃悲不学之固陋.
39.11 抱朴子曰:无当之玉碗, 不如全用之埏埴;寸裂之锦黻, 未若坚完之韦布. 故夏姬之无礼, 不如孤逐之皎洁;富贵之多罪, 不如贫贱之履道.
39.12 抱朴子曰:猛兽不奋搏於度外, 鹰鹞不挥翮以妄击. 若庙算既内不揆德, 进取又外不量力, 犹轻羽之没洪炉, 飞雪之委沸镬, 朝菌之试干将, 羔犊之犯武虎虎也.
39.13 抱朴子曰:三辰蔽於天, 则清景暗於地;根草亥蹶於此, 则柯条瘁於彼;道失於近, 则祸及於远;政缪於上, 而民困於下.
39.14 抱朴子曰:务於远者或失於近, 治其外者或患生乎内. 覆头者不必能令足不濡, 蔽腹者不必能令背不伤. 故秦始筑城遏胡而祸发帏幄, 汉武悬旌万里而变起萧墙.
39.15 抱朴子曰:人才无定珍, 器用无常道, 直趋者以适世为奇, 役御者以合时为妙. 故玄冰结则五明捐, 隆暑炽则裘炉退, 高鸟聚则良弓发, 狡兔多则卢鹊走, 干戈兴则武夫奋, 韶夏作则文儒起.
39.16 抱朴子曰:激修流扬朝宗者, 不可以背五城而跨积石;舒翠叶吐丹葩者, 不可以舍洪草亥而去繁柯. 败源失本, 鲜不枯汔, 叛圣违经, 理不弘济.
39.17 抱朴子曰:四渎辩源, 五河分流, 赴卑注海, 殊途同归. 色不均而皆艳, 音不同而咸悲, 香非一而并芳, 味不等而悉美.
39.18 抱朴子曰:物贵济事而饰其末, 化俗以德而言非其本, 故绵布可以御寒, 不必貂狐;淳素可以匠物, 不在文辩. 抱朴子曰:冲飚谧气则转蓬山峙, 修纲既舒则万目齐理. 故未有上好谦而下慢, 主贱宝而俗贫.
39.19 抱朴子曰:事有缘微而成著, 物有治近而致远. 故修步武之池, 而引沈鳞於江海;丰朝阳之林, 而延灵禽於丹穴;设象於盘盂, 而翠虬降於玄霄;委灰於尺水, 而望舒变於太极. 是以晋文回轮於勇虫, 而壮士云赴;句践曲躬於怒蛙, 而戎卒轻死. 九九显而扣角之俊至, 枯骨掩而叁分之仁洽 .
39.20 抱朴子曰:膏壤在草亥, 而枯叶含荣;率俗以身, 则不言而化. 故有唐以鹿裘臻太平;齐桓以捐紫止奢竞. 章华构而丰屋之过成, 露台辍而玄默之风行.
39.21 抱朴子曰:聪者, 料兴亡於遗音之绝响;明者, 觌机理於玄微之未形. 故越人见齐桓不振之徵於未觉之疾;箕子识殷人鹿台之祸於象箸之初.
39.22 抱朴子曰:二仪不能废春秋以成岁, 明主不能舍刑德以致治. 故诛贵所以立威, 赏贱所以劝善. 罚上达, 则奸萌破而非懦弱所能用也;惠下逮, 则远人怀而非俭吝所能办也.
39.23 抱朴子曰:浮海沧者, 必精占於风气, 故保利涉之福. 善莅政者, 必战战於得失, 故享惟永之庆. 故暗君之所轻, 盖明主之所重也. 亡国之所弃, 则治世之所行也.
39.24 抱朴子曰:毫厘蹉於机, 则寻常达於的;与夺失於此, 则善否乱於彼. 邪正混侔, 则彝伦攸斁;功过不料, 则庶绩以崩. 故明君赏犹春雨而无霖淫之失, 罚拟秋霜而无诡时之严.
39.25 抱朴子曰:明铨衡者, 所重不可得诬也;仗法度者, 所爱不可得私也. 故得人者, 先得之於己者也;失人者, 先失之於己者也. 未有得己而失人, 失己而得人者也.
39.26 抱朴子曰:明主躬操威恩, 不假人以利器;暗主倒执干戈, 虽名尊而势去. 故制庆赏而得众者, 田常所以夺齐也;擅威福而专朝者, 王莽所以篡汉也.
39.27 抱朴子曰:常制不可以待变化, 一途不可以应无方, 刻船不可以索遗剑, 胶柱不可以谐清音. 故翠盖不设於晴朗, 朱轮不施於涉川, 味淡则加之以盐, 沸溢则增水而减火.
39.28 抱朴子曰:丹书铁券, 刺牲歃血, 不能救违约之弊, 则难以结绳检矣. 五刑九伐, 赤族之威, 不足以止觊觎之奸, 则不可以舞干化矣. 是以《书》有世重之文, 《易》有随时之宜.
39.29 抱朴子曰:人有识真之明者, 不可欺以伪也, 有揣深之智者, 不可诳以浅也. 不然, 以虺蛇为应龙, 狐鸱为麟凤矣.
39.30 抱朴子曰:世有雷同之誉而未必贤也;俗有讙哗之毁而未必恶也. 是以迎而许之者, 未若鉴其事而试其用;逆而距之者, 未若听其言而课其实. 则佞媚不以虚谈进, 良能不以孤弱退, 驽蹇辍望於大辂, 戎虬扬镳而电骋. 则功胡大而不可建, 道胡远而不可到?
39.31 抱朴子曰:潜朽之木, 不能当倾山之风, 含隟之崖, 难以值滔天之涛. 故七百之祚, 三十之世, 非徒牧野之功;倒戈之败, 鹿台之败, 不始甲子之朝. 其强久矣, 其亡尚矣.
39.32 抱朴子曰:贵远而贱近者, 常人之用情也;信耳而疑目者, 古今之所患也. 是以秦王叹息於韩非之书而想其为人, 汉武慷慨於相如之文而情不同世;及既得之, 终不能拔. 或纳谗而诛之, 或放之乎冗散, 此盖叶公之好伪形, 见真龙而失色也.
39.33 抱朴子曰:摩尼不宵朗, 则无别於碛砾;化鲲不凌霄, 则靡殊於桃虫. 绵驹吞声, 则与喑人为群;逸才沈抑, 则与凡庸为伍. 故(鱼旦)鳅亵绛虬於渊洿, 驽蹇黩骏騄於垧野者, 不识彼物静与之同, 动与之异.
39.34 抱朴子曰:弃金璧於途路, 则行人止足;委锦纨於泥泞, 则见者惊咄. 若夫放高世之士於庸卤之伍, 捐经国之器於困滞之地, 而谈者不讼其屈, 达者不拯其穷, 或贵其文而忽其身, 或用其策而忘其功. 斯之为病, 由来久矣.
39.35 抱朴子曰:开源不亿仞 , 则无怀山之流;崇峻不凌霄, 则无弥天之云. 财不丰, 则其惠也不博;才不远, 则其辞也不赡. 故睹盈丈之牙, 则知其不出径寸之口;则百寻之枝, 则知其不附毫末之木.
39.36 抱朴子曰:灵凤所以晨起丹穴, 夕萃轩丘, 日未移晷, 周章九陔, 凌风蹈云, 不掇不阂者, 以其六翮之轻劲也. 夫才大器, 亦有国之六翮也.
39.37 抱朴子曰:淇卫忘归, 不能无弦而远激;振尘之音, 不能无器而兴哀. 超俗拔萃之德, 不能立功於未至之时.
39.38 抱朴子曰:朱绿之藻, 不秀於枯柯;倾山之流, 不发乎涸源. 熠耀之宵焰, 不能使万品呈形;志尽势利, 不能使芳风邈世.
39.39 抱朴子曰:重渊不洞地, 则不能含螭龙, 吐吞舟;峻山不极天, 则不能韬琳琅, 播云雨;立德不绝俗, 则不能收美声, 著厚实;执志不绝群, 则不能臻成功, 铭弘勋. 而凡夫朝为蜩翼之善, 夕望丘陵之益, 犹立植黍稷, 坐索於丰收也.
39.40 抱朴子曰:行无邈俗之标, 而索高世之称;体无道艺之本, 而营朋党之末. 欲以收清贵於当世, 播德音於将来, 犹褰裳以越沧海, 企伫而跃九玄.
39.41 抱朴子曰:泥龙虽藻绘炳蔚, 而不堪庆云之招;撩禽虽雕琢玄黄, 而不任凌风之举;刍狗虽饰以金翠, 而不能蹑景以顿逸;近才虽丰其宠禄, 而不能令天清而地平.
39.42 抱朴子曰:毒弱既陈, 则旁有烂肠之鼠;明燎宵举, 则下有聚死之虫. 刍豢之丰, 则鼎俎承之;才小任大, 则泣血涟如. 桑霍为戒厚矣, 范疏之鉴明矣.
39.43 抱朴子曰:沧海扬万里之涛, 不能敛山峰之尘;惊风摧千仞之木, 不能拔弱草之草亥. 豸区虎武虎阚, 不能威蚊虻;冠世之才, 不能合流俗.
39.44 抱朴子曰:坚志者, 功名之主也;不惰者, 众善之师也. 登山不以艰险而止, 则必臻乎峻岭矣;积善不以穷否而怨, 则必永其令问矣.
39.45 抱朴子曰:和鹊虽不长生, 而针石不可谓非济命之器也;儒者虽多贫贱, 而坟典不可谓非进德之具也. 播种有不收者矣, 而稼穑不可废;仁义有遇祸者矣, 而行业不可惰.
39.46 抱朴子曰:重载不止, 所以沈我舟也;昧进忘退, 所以危我身也. 聚蝎攻本, 虽权安然, 必倾之徵也.
39.47 抱朴子曰:玄云为龙兴, 非虺蜓所能招也;飚风为虎发, 非狐狢之能致也. 是以大人受命, 则逸伦之士集;玉帛幽求, 则丘园之俊起.
39.48 抱朴子曰:金以刚折, 水以柔全, 山以高陊, 谷以卑安. 是以执雌节者无争雄之祸, 多尚人者有召怨之患.
39.49 抱朴子曰:淮阴隐勇於跨下, 不损其龙跃而虎视;应侯韬奇於溺篑, 不妨其鸾翔而凤起也. 或南面称孤, 或宰总台鼎. 故一抑一扬者, 轻鸿所以凌虚也;乍屈乍伸者, 良才所以俟时也.
39.50 抱朴子曰:焦螟之卑栖, 不肯为衔鼠之唳天;玄蝉之洁饥, 不愿为蜣螂之秽饱. 是以御寇不纳郑阳之惠, 曾叁不美晋楚之宝.
39.51 抱朴子曰:微飙不能扬大海之波;毫芒不能动万钧之锺. 是以漆园思惠, 有捐斤之叹;伯氏哀期, 有剿弦之愤. 短唱不足以致弘丽之和, 势力不足以移淡泊之心.
39.50 抱朴子曰:熊罴不校捷於狐狸, 金鹗不兢击於小鹞. 是以张耳掩壮於抱关, 朱亥窜勇於鼓刀.
39.53 抱朴子曰:悬鱼惑於芳饵, 槛虎死於笼狐. 不可以钓缗致者, 必虬螭也;不可以机阱诱者, 必麟虞也.
39.54 抱朴子曰:夫云翔者, 不知泥居之洿;处贵者, 鲜恕群下之劳. 然根朽者, 寻木不能保其千日之茂也;民怨者, 尧舜不能恃其长世之庆也.
39.55 抱朴子曰:凡木结根於灵山, 而匠石为之寝斤斧;小鲜寓身於龙池, 而渔父为之息纲罟. 蚊集鹰首, 则鳸鵦不敢啄;鼠住虎侧, 则狸犬不敢睨.
39.56 抱朴子曰:灵蔡默然, 而吉凶昭晰於无形;春蛙长哗, 而丑音见患於聒耳. 故声希者响必巨, 辞寡者信必著.
39.57 抱朴子曰:箕踞之俗, 恶盘旋之容;被发之域, 憎章甫之饰. 故忠正者排於谗胜之世, 雅人不容乎恶直之俗.
39.58 抱朴子曰:升水不能救薮之燔草热, 撮壤不能遏砥柱之腾沸, 寸刃不能刊长洲之林, 独是不能止朋党之非.
39.59 抱朴子曰:千羊不能捍独虎, 万雀不能抵一鹰. 庭燎攒举, 不及羲和之末景;百鼓并伐, 未若震霆之余声. 是以庸夫盈明, 不能使彝伦攸叙;英俊孤任, 足以令庶事根长.
39.60 抱朴子曰:非分之达, 犹林卉之冬华也;守道之穷, 犹竹柏之履霜也. 故识否泰於独见者, 虽劫以锋锐, 犹不失正而改途焉, 安肯谄笑以偶俗乎? 体方贞以居直者, 虽诱以封国, 犹不违情以趋时焉, 安肯躐径以取容乎?
39.61 抱朴子曰:震雷车訇车盍, 而不能致音乎聋聩之耳, 重光丽天, 而不能曲景於幽岫之中;凝冰惨栗, 而不能凋款冬之华;朱飙铄石, 而不能靡萧丘之木. 故至德有所不能移也.
39.62 抱朴子曰:弓广弩危机, 严镞衔弦, 至可忌也, 而勇雉触之而不猜;暗政乱邦, 恶直妒能, 甚难测也, 而贪人竞而不避. 故飞锋暴集而不觉, 祸败奄及而不振. 是以愚夫之所悦, 乃达者之所悲也;凡才之所趋, 乃大智之所去也.
39.63 抱朴子曰:风不辍则扇不用, 日不入则烛不明, 华不堕则实不结, 岸不亏则谷不盈. 九有×安, 则韩白之功不著;长君继轨, 则伊霍之勋不成. 故病困乃重良医, 世乱而贵忠贞.
39.64 抱朴子曰:好荣故乐誉之欲多, 畏辱则憎毁之情急. 若夫通精元一, 命契造化, 混盈虚以同条, 齐得失於一指者, 爱恶未始有所系, 穷通不足以滑和.
39.65 抱朴子曰:与夺不汨其神者, 至粹者也;利害不染其和者, 极醇者也. 浩浩乎非瓢觯所校矣, 茫茫乎非跬步所寻矣. 声希所以为大音, 和寡所以崇我贵, 玄黄辽邈而不与□其旷, 死生大矣, 而不以改其守, 常分细碎, 将胡恤焉?
39.66 抱朴子曰:林繁则匠入矣, 珠美则虫奉裂矣. 石含金者焚铄, 草任药者剪掘, 刃利则先缺, 弦哀则速绝. 用以适己, 真人之宝也;才合世求, 有伎之灾也.
39.67 抱朴子曰:准的陈则流镝赴焉;美名起则谤读言攻焉. 瑰货多藏则不招怨而怨至矣, 器盈志骄则不召祸而祸来矣.
39.68 抱朴子曰:连城之宝, 非贫寒所能市也;高世之器, 非浅俗所能识也. 然盈尺之珍, 不以莫知而暗其质;逸伦之士, 不以否塞而薄其节. 乐天任命, 何怨何尤!
39.69 抱朴子曰:大鹏无戒旦之用, 巨象无驰逐之才. 故蒋琬败绩於百里, 而为三台之标;陈平困瘁於治家, 而怀六奇之略.
39.70 抱朴子曰:明暗者, 才也, 自然而不可饰焉;穷达者, 时也, 有会而不可力焉. 吕尚非早蔽而晚智, 然振素而仅遇;韩信非初怯而末勇, 然危困而後达.
39.71 抱朴子曰:奔骥不能及既住之失, 千金不能救斯言之玷. 故博其施者, 未若防其微;勤其求者, 不如寡其辞.
39.72 抱朴子曰:烈士之爱国也如家, 奉君也如亲, 则不忠之事, 不为其罪矣. 仁人之视人也如己, 待疏也犹密, 则不恕之怨, 不为其责矣.
39.73 抱朴子曰:玄冰未结, 白雪不积, 则青松之茂不显;俗化不弊, 风教不颓, 则皎洁之操不别. 在危国而沈贱, 故庄莱抗遗荣之高;居乱邦而饥寒, 故曾列播忘富之称.
39.74 抱朴子曰:天居高而鉴卑, 故其网虽疏而不漏;神聪明而正直, 故其道赏真而伐伪. 是以惠和畅於九区, 则七耀得於玄昊;残害著於品物, 则二气谬於四八.
39.75 抱朴子曰:天秩有罔极之尊, 人爵无违德之贵. 故仲尼虽匹夫而飨祀於百代, 辛癸为帝王而仆竖不愿以见比, 商老身愈贱而名愈贵, 幽厉位弥重而罪弥著. 故齐王之生, 不及柳惠之墓;秦王之宫, 未若康成之闾.
39.76 抱朴子曰:影响不能无形声以著, 余庆不可以无德而招. 故唐尧为政七十余载, 然後景星摛耀;羊公积行, 黄发不倦, 而乃坠金雨集. 途远者其至必迟, 施後者其报常晚.
39.77 抱朴子曰:理尽者不可责有余, 一至者不可求兼济. 故洪涛之末, 不能荡浮萍;冲风之後, 不能飏轻尘;劲弩之余力, 不能洞雾縠;西颓之落晖, 不能照山东.
39.78 抱朴子曰:悬象虽薄蚀, 不可以比萤烛之贞耀;黄河虽混浑, 不可以方沼沚之清澄. 山虽崩, 犹峻於丘垤;虎虽瘠, 犹猛於豺狼.
39.79 抱朴子曰:神农不九疾, 则四经之道不垂;大禹不胼胝, 则玄珪之庆不集. 故久忧为厚乐之本, 暂劳为永逸之始.
39.80 抱朴子曰:金钩桂饵虽珍, 而不能制九渊之沈鳞;显宠丰禄虽贵, 而不能致无欲之幽人. 故吕梁有鹄立之夫, 河湄繁伐檀之民. 玉帛徒集於子陵之巷, 蒲轮虚反於徐生之门.
39.81 抱朴子曰:观听殊好, 爱憎难同. 鸟睹西施而惊逝, 鱼鳖闻九韶而深沈. 故兖藻之粲焕, 不能悦裸乡之目;辨菱之清音, 不能快楚隶之耳. 古公之仁, 不能喻欲地之狄;端木之辩, 不能释系马之庸.
39.82 抱朴子曰:般旋之仪, 见憎於裸踞之乡;绳墨之匠, 获忌於曲木之肆. 贪婪饕餮者, 疾素丝之皎洁;比周实繁者, 雠高操之孤立. 犹贾竖之恶同利, 丑女之害国色.
39.83 抱朴子曰:君子之升腾也, 则推贤而散禄;庸人之得志也, 则矜贵而忽士. 施惠隆於佞幸, 用财出乎小惠. 不与智者aw 其安, 而望有危而见救;不与奇士同其欢, 而欲有戚之见恤;犹灾火张天, 方请雨於名山;洪水凌空, 而伐舟於东闾;不亦晚乎?

辞义卷第四十

40.1 或曰:“乾坤方圆, 非规定之功, 三辰摛景, 非莹磨之力;春华粲焕, 非渐染之辨;茝蕙芬馥, 非容气所假. 知夫至真, 贵乎天然也. 义以罕觌为异, 辞以不常为美, 而历观古今属文之家, 鲜能挺逸丽於毫端, 多斟酌於前言. 何也? ”
40.2 抱朴子曰:“清音贵於雅韵克谐, 著作珍乎判微析理. 故八音形器异而锺律同, 黼黻文物殊而五色均. 徒闲涩有主宾, 妍媸有步骤. 是则总章无常曲, 大庖无定味. 夫梓豫山积, 非班匠不能成机巧;众书无限, 非英才不能收膏腴. 何必寻木千里, 乃构大厦;鬼神之言, 乃著篇章乎! ”
40.3 抱朴子曰:夫才有清浊, 思有修短, 虽并属文, 叁差万品, 或浩瀁而不渊浑, 或事情而辞钝, 违物理而文工, 盖偏长之一致, 非兼通之才也. 暗於自料, 强欲兼之, 违才易务, 故不免嗤也.
40.4 抱朴子曰:五味舛而并甘, 众色乖而皆丽. 近人之情, 爱同憎异, 贵乎合己, 贱於殊途. 夫文章之体, 尤难详赏, 苟以入耳为佳, 适心为快, 鲜知忘味之九成, 雅颂之风流也. 所谓考盐梅之咸酸, 不知大羹之不致, 明飘摇之细巧, 蔽於沈深之弘邃也. 其英异宏逸者, 则网罗乎玄黄之表;其拘束龌龊者, 则羁绁於笼罩之内. 振翅有利钝, 则翔集有高卑;骋迹有迟迅, 则进趋有远近. 驽锐(疑下有脱文)不可胶柱调也. 文贵丰赡, 何必称善如一口乎! 不能拯风俗之流遁, 世途之凌夷, 通疑者之路, 赈贫者之乏, 何异春华不为肴粮之用, 茝蕙不救冰寒之急. 古诗刺过失, 故有益而贵;今诗纯虚誉, 故有损而贱也.
40.5 抱朴子曰:属笔之家, 亦各有病, 其深者则患乎譬烦言冗, 申诫广喻, 欲弃而惜, 不觉成烦也. 其浅者则患乎妍而无据, 证援不给, 皮肤鲜泽而骨鲠迥弱也. 繁华日韦晔, 则并七曜以高丽;沈微沦妙, 则侪玄渊之无测. 人事靡细而不浃, 王道无微而不惫, 故能身贱而言贵, 千载弥彰焉.

循本卷第四十一

41.1 抱朴子曰:玄寂虚静者, 神明之本也;阴阳柔刚者, 二仪之本也;巍峨岩岫者, 山岳之本也;德行文学者, 君子之本也. 莫或无本而能立焉. 是以欲致其高, 必丰其基, 欲茂其末, 必深其根. 乡党之友不洽, 而勤远方之求, 涖官之称不著, 而索不次之显. 是以虽佻虚誉, 犹狂华干霜以吐曜, 不崇朝而零瘁矣. 虽窃大宝於不料, 冒惟尘以负乘, 犹鲜介附腾波以高凌, 顾眄已枯株於危陆矣. 圣贤孜孜, 勉之若彼, 浅近口止乔口止乔, 忽之如此. 积习则忘鲍肆之臭, 裸乡不觉呈形之丑, 自非遁世而无闷, 齐物於通塞者, 安能弃近易而寻迂阔哉! 将救斯弊, 其术无他, 徒擢民於岩岫, 任才而不计也.

应嘲卷第四十二

42.1 抱朴子曰:客嘲余云:“先生载营抱一, 韬景灵渊, 背俗独住, 邈尔萧然. 计决而犹豫, 不栖於心术;分定而世累, 无系於胸间. 伯阳以道德为首, 庄周以逍遥冠篇, 用能标峻格於九霄, 宣芳烈於罔极也. 今先生高尚勿用, 身不服事, 而著君道臣节之书;不交於世, 而作讥俗救生之论;甚爱骨干毛, 而缀用兵战守之法;不营进趋, 而有审举穷达之篇;蒙窃惑焉.”
42.2 抱朴子曰:“君臣之大, 次於天地, 思乐有道, 出处一情, 隐显任时, 言亦何系. 大人君子, 与事变通. 老子无为者也, 鬼谷终隐者也, 而著其书, 咸论世务. 何必身居其位, 然後乃言其事乎? 夫器非琼瑶, 楚和不泣, 质非潜虬, 风云不集. 余才短德薄, 干不适治, 出处同归, 行止一致, 岂必达官, 乃可议政事君, 否则不可论治乱乎? 常恨庄生言行自伐, 桎梏世业, 身居漆园而多诞谈, 好画鬼魅, 憎图狗马, 狭细忠贞, 贬毁仁义. 可谓雕虎画龙, 难以征风云;空板亿万, 不能救无钱. 孺子之竹马, 不免於脚剥;士柈之盈案, 无益於腹虚也.”
42.3 或人又曰:“然吾子所著, 弹断风俗, 言苦辞直, 吾恐适足取憎在位, 招摈於时, 非所以扬声发誉, 见贵之道也.”
42.4 抱朴子曰:“夫制器者珍於周急, 而不以辨饰外形为善;立言者贵於助教, 而不以偶俗集誉为高. 若徒阿顺谄谀, 虚美隐恶, 岂所匡失弼违, 醒迷补过者乎? 虑寡和而废白雪之音, 嫌难售而贱连城之价, 余无取焉. 非不能属华艳以取悦, 非不知抗直言之多吝, 然不忍违情曲笔, 错滥真伪, 欲令心口相契, 顾不愧景, 冀知音之在後也. 否泰有命, 通塞听天, 何必书行言用, 荣及当年乎? 夫君子之开口动笔, 必戒悟蔽, 式整雷同之倾邪, 磋砻流遁之暗秽, 而著书者徒饰弄华藻, 张磔迂阔, 属难验无益之辞, 治靡丽虚言之美, 有似坚白厉修之书, 公孙刑名之论, 虽旷笼天地之外, 微入无间之内, 立解连环, 离同合异, 鸟影不动, 鸡卵有足, 犬可为羊, 大龟长蛇之言, 适足示巧表奇以诳俗, 何异乎画敖仓以救饥, 仰天汉以解渴. 说昆山之多玉, 不能赈原宪之贫;观药藏之簿领, 不能治危急之疾;墨子刻木鸡以厉天, 不如三寸之车金害;管青铸骐骥於金象, 不如驽马之周用. 言高秋天而不可施者, 丘不与易也.”

喻蔽卷第四十三

43.1 抱朴子曰:余雅谓王仲任作《论衡》八十余篇, 为冠伦大才.
有同门鲁生难余曰:“夫琼瑶以寡为奇, 碛砾以多为贱, 故庖牺卦不盈十而弥纶二仪, 老氏言不满万而道德备举. 王充著书, 兼箱累袠, 而乍出乍入, 或儒或墨, 属词比义, 又不尽美, 所谓陂原之蒿莠, 未若步武之黍稷也.”
43.2 抱朴子答曰:“且夫作者之谓圣, 述者之谓贤, 徒见述作之品, 未闻多少之限也. 吾子所谓窜巢穴之沈昧, 不知八紘之无外;守灯烛之宵曜, 不识三光之晃朗;游潢洿之浅狭, 水觉南溟之浩汗;滞丘垤之位埤, 不寤嵩岱之峻极也. 两仪所以称大者, 以其函括八荒, 缅邈无表也;山海所以为富者, 以其包笼旷阔, 含受杂错也. 若如雅论, 贵少贱多, 则穹隆无取乎宏焘, 而旁泊不贵於厚载也. 夫迹水之中, 无吞舟之鳞;寸枝之上, 无垂天之翼;蚁垤之巅, 无扶桑之林;潢潦之源, 无襄陵之流. 巨鳌首冠瀛洲, 飞波凌乎方丈;洪桃盘於度陵, 建木竦於都广;沈鲲横於天池, 云鹏戾乎玄象. 且夫雷霆之骇, 不能细其响;黄河之激, 不能局其流;骐騄追风, 不能近其迹;鸿鹄奋翅, 不能卑其飞. 云厚者雨必猛, 弓劲者箭必远. 王生学博才大, 又安省乎!
43.3 “吾子云 ;‘玉以少贵, 石以多贱. ’夫玄圃之下, 荆华之颠, 九员之泽, 折方之渊, 琳琅积而成山, 夜光焕而灼天, 顾不善也. 又引庖牺氏著作不多, 若周公既繇大易, 加之以礼乐, 仲尼作《春秋》, 而重之以十篇. 过於庖牺, 多於老氏, 皆当贬也. 言少则至理不备, 辞寡既庶事不畅. 是以必须篇累卷积, 而纲领举也. 羲和升光以启旦, 望舒曜景以灼夜, 五材并生而异用, 百药杂秀而殊治, 四时会而岁功成, 五色聚而锦绣丽, 八音谐而箫韶美, 群言合而道艺辨. 积猗顿之材, 而用之甚少, 是何异於原宪也? 怀无铨之量, 而著述约陋, 亦何加别於琐碌也? 音为知者珍, 书为识者传, 瞽旷之调锺, 未必求解於同世;格言高文, 岂患莫赏而减之哉! 且夫江海之秽物, 不可胜计, 而不损其深也;五岳之曲木, 不可訾量, 而无亏其峻也. 夏後之璜, 虽有分毫之瑕, 晖曜符彩, 足相补也. 数千万言, 虽有不艳之辞, 事义高远, 足相掩也. 故曰:四渎之浊, 不方瓮水之清;巨象之瘦, 不同羔羊之肥矣.
43.4 “子又讥云:‘乍入乍出, 或儒或墨. ’夫发口为言, 著纸为书. 书者所以代言, 言者所以书事. 若用笔不宜杂载, 是论议当常守一物. 昔诸侯访政, 弟子问仁, 仲尼答之, 人人异辞. 盖因事托规, 随时所急, 譬犹治病之方千百, 而针炙之处无常, 却寒以温, 除热以冷, 期於救死存身而已. 岂可诣者逐一道如齐楚, 而不改路乎? 陶朱白圭之财不一物者, 丰也;云梦孟诸所生万殊者, 旷也. 故《淮南鸿烈》, 始於《原道》《俶真》, 而亦有《兵略》《主术》, 庄周之书, 以死生为一, 亦有畏牺慕龟请粟救饥. 若以所言不纯而弃其文, 是治珠翳而剜眼, 疗湿痹而刖足, 患荑莠而刈谷, 憎枯枝而伐树也.

百家卷第四十四

44.1 抱朴子曰:百家之言, 虽不皆清翰锐藻, 弘丽汪濊, 然悉才士所寄, 心一夫澄思也. 正经为道义之渊海, 子书为增深之川流. 仰而比之, 则景星之佐三辰;俯而方之, 则林薄之裨嵩岳. 而学者专守一业, 游井忽海, 遂掇踬於泥泞之中, 而沈滞乎不移之困. 子书披引玄旷, 眇邈泓窈, 总不测之源, 扬无遗之流, 变化不系於规矩之方圆, 旁通不沦於违正之邪径, 风格高严, 重仞难尽. 是偏嗜酸甜者, 莫能赏其味也;用思有限者, 不得辩其神也. 先民叹息於才难, 故百世为随踵, 不以璞不生板桐之岭, 而捐曜夜之宝;不以书不出周孔之门, 而废助教之言. 犹彼操水者, 器虽异而救火同焉;譬若针灸者, 术虽殊而攻疾均焉. 狭见之徒, 区区执一, 去博辞精, 思而不识, 合锱铢而以齐重於山陵, 聚百千可以致数亿兆, 惑诗赋琐碎之文, 而忽子论深美之言, 真伪颠倒, 玉石混淆, 同广乐於桑间, 均龙章於素质, 可悲可慨, 岂一条哉!

文行卷第四十五

45.1 或曰:“德行者, 本也;文章者, 末也. 故四科之序, 文不居上. 然则著纸者, 糟粕之余事;可传者, 祭毕之刍狗. 卑高之格, 是可讥矣.”
45.2 抱朴子答曰:“荃可弃而鱼未获, 则不得无荃;文可废而道未行, 则不得无文. 若夫翰迹韵略之广逼, 属辞比义之妍媸, 源流至到之修短, 韫藉汲引之深浅, 其悬绝也, 虽天外毫内, 不足以喻其辽邈, 虽三光熠耀, 不足以方其巨细. 龙渊铅铤, 未足以譬其锐钝;鸿羽积金, 未足以方其轻重. 而俗士唯见能染毫画纸, 便概以一例, 斯伯氏所以永思锺子, 郢人所以格斤不运也. 夫斫削者比肩, 而班狄擅绝手之名;援琴者至多, 而夔襄专清声之称. 厩马千驷, 而骐骝有邈群之价;美人万计, 而威施有超世之色者, 盖远过众也. 且文章之与德行, 犹十尺之与一丈, 谓之余事, 未之闻也. 八卦生乎鹰隼之飞, 六甲出於灵龟之负, 文之所在, 虽且贵(疑有脱文)本不必便疏, 末不必皆薄, 譬锦绣之因素地, 珠玉之托虫奉石, 云雨生於肤寸, 江河始於咫尺, 理诚若兹, 则雅论病矣.”
45.3 又曰:“应龙徐举, 顾眄而凌云;汗血缓步, 呼吸而千里. 故蝼蚁怪其无阶而高致, 驽蹇惊过己之不渐也. 若夫驰骤诗论之中, 周旋一经之内, 以常情览巨异, 以褊量测无涯, 始自髫龀, 诣於振素, 不能得也. 又世俗率贵古昔而贱当今, 敬所闻而黩所见. 同时虽有追风绝景之骏, 犹谓不及伯乐之所御也. 虽有宵良兼城之璞, 犹谓不及楚和之所泣也. 虽有断马指雕之剑, 犹谓不及欧冶之所铸也. 虽有生枯起朽之药, 犹谓不及和鹊之所合也. 虽有冠群独行之士, 犹谓不及於古人也.”

正郭卷第四十六

46.1 抱朴子曰:嵇生以太原郭林宗, 竟不恭三公之命, 学无不涉, 名重於往代, 加之以知人, 知人则哲, 盖亚圣之器也. 及在衰世, 栖栖惶惶, 席不暇温, 志在乎匡断行道, 与仲尼相似.
46.2 余答曰:“夫智与不智, 存於一言, 枢机之玷, 乱乎白圭, 愚谓亚圣之评, 未易以轻有许也. 夫所谓亚圣者, 必具体而微, 命世绝伦, 与彼周孔其间无所复容之谓也. 若人者亦何足登斯格哉! 林宗拔萃翘特, 鉴识朗彻, 方之常人所议, 固多引之上及, 实复未足也. 此人有机辩风姿, 又巧自抗遇而善用, 且好事者为之羽翼, 延其声誉於四方, 故能挟之见推慕於乱世, 而为过听不核实者所推策, 及其片言所褒, 则重於千金, 游涉所经, 则贤愚波荡, 谓龙凤之集, 奇瑞之出也. 吐声则余音见法, 移足则遗迹见拟, 可谓善击建鼓而揭日月者耳, 非真隐也. 盖欲立朝则世已大乱, 欲潜伏则闷而不堪, 或跃则畏祸害, 确尔则非所安. 彰徨不守, 载肥载月瞿, 而世人逐其华而莫研其实, 玩其形而不究其神, 故遭雨巾坏, 犹复见效, 不觉其短, 皆是类也. 俗民追声, 一至於是. 故其虽有缺隟, 莫之敢指也. 夫林宗学涉知人, 非无分也. 然而未能避过实之名, 而暗於自料也. 或劝之以出仕进者, 林宗对曰:‘吾昼察人事, 夜看乾象, 天之所废, 不可支也. 方今运在明夷之爻, 值勿用之位, 盖盘桓潜居之时, 非在天利见之会也.
46.3 虽有原陆, 犹恐沧海横流. 吾其鱼也, 况可冒冲风而乘奔波乎! 未若岩岫颐神, 娱心彭老, 优哉游哉, 聊以卒岁. ’按林宗之言, 其知汉之不可救, 非其才之所办审矣. 法当仰隮商洛, 俯泛五湖, 追巢父於峻岭, 寻渔父於沧浪, 若不能结踪山客, 离群独往, 则当掩景渊洿, 韬鳞括囊, 而乃自西徂东, 席不暇温, 欲慕孔墨栖栖之事. 圣者忧世, 周流四方, 犹为退士, 所见讥弹. 林宗才非应期, 器不绝伦, 出不能安上治民, 移风易俗, 入不能挥毫属笔, 祖述六艺, 行自炫耀, 亦既过差, 收名赫赫, 受饶颇多. 然卒进无补於治乱, 退无迹於竹帛. 观倾视汨, 冰泮草靡, 未有异庸人也. 无故沈浮於波涛之间, 倒屣於埃尘之中, 遨集京邑, 交关贵游, 轮刓箧弊, 匪遑启处, 遂使声誉翕熠, 秦胡景附, 巷结朱轮之轨, 堂列赤绂之客, 轺车盈街, 载奏连车, 诚为游侠之徒, 未合逸隐之科也. 有道之世而臻此者, 犹不得复厕高洁之条贯焉, 为秘丘之俊民, 而修兹在於危乱之运, 奚足多哉! 孰不谓之暗於天人之否泰, 蔽於自量之优劣乎! 空背恬默之途, 竟无有为之益, 不值祸败, 盖其幸耳. 以此为忧世念国, 希拟素王, 有似蹇足之寻龙骐, 斥鷃之逐鸿鹄, 焦冥之方云鹏, 鼷鼬之比巨象也.
46.4 “然则林宗可谓有耀俗之才, 无固守之质, 见无不了, 庶几大用, 符辨外发, 精神内虚, 不胜烦躁, 言行相伐, 口称静退, 心希荣利, 未得□玄圃之栖禽, 九渊之潜灵也. 自炫自媒, 士女之丑事也. 知其不可而尤效尤师, 亚圣之器, 其安在乎? 虽云知人, 知人之明, 乃唐虞之所难, 尼父之所病. 夫以前并日月, 原始见终, 且犹有失, 不能常中, 况於林宗萤烛之明, 得失半解, 已为不少矣. 然则名称重於当世, 美谈盛於既没, 故其所得者, 则世共传闻, 而所失者, 则莫之有识尔. 虽颇甄无名之士於草莱, 指未剖之璞於丘园, 然未能进忠烈於朝廷, 立御每於疆场, 解亡徵於倒悬, 折逆谋之竞逐. 若鲍子之推管生, 平仲之达穰苴, 林宗名振於朝廷, 敬於一时, 三九肉食, 莫不钦重, 力足以拔才, 言足以起滞, 而但养疾京辇, 招合宾客, 无所进致, 以匡危蔽, 徒能知人, 不肯荐举, 何异知沃壤之任良田, 议直木之中梁柱, 而终不垦之以播嘉谷, 伐之以构梁栋, 奚解於不粒, 何救於露居哉! 其距贡举者, 诚高操也, 其走不休者, 亦其疾也.”
46.5 嵇生又曰:“林宗存为一世之所式, 没则遗芳永播. 硕儒俊士, 未或指点, 而吾生独评其短, 无乃见嗤於将来乎! ”抱朴子曰:“曷为其然哉? 苟吾言之允者, 当付之於後, 後之识者, 何恤於寡和乎? 且前贤多亦讥之, 独皇生褒过耳. 故太傅诸葛无逊亦曰:‘林宗隐不修遁, 出不益时, 实欲扬名养誉而已. 街谈巷议以为辩, 讪上谤政以为高, 时俗贵之, 歙然犹郭解原涉, 见趋於曩时也. 後进慕声者, 未能考之於圣王之典, 论之於先贤之行, 徒惑华名, 咸竞准的, 学之者如不及, 谈之者则盈耳, 中人犹不觉, 童蒙安能知? ’故零陵太守殷府君伯绪, 高才笃论之士也, 亦曰:‘林宗入交将相, 出游方国, 崇私议以动众, 关毁誉於朝廷. 其所善则风腾雨骤, 改价易姿;其所恶则摧顿陆沈, 士人不齿. □其名贤, 遭乱隐遁, 含光匿景, 未为远矣. 君子行道, 以匡君也, 以正俗也, 於时君不可匡, 俗不可正, 林宗周旋, 清谈闾阎, 无救於世道之陵迟, 无解於夭民之憔悴也. ’又故中书郎周生恭远, 英伟名儒也, 亦曰:‘夫遇治而赞之, 则谓之乐道;遭乱而救之, 则谓之忧道;乱不可救而避之, 则谓之守道. 虞舜乐道者也, 仲尼忧道者也, 微子守道者也. 汉世将倾, 世务交游, 林宗法当慨然虚心, 要同契君子, 共矫而正之, 而身栖栖为之雄伯, 非救世之宜也. 於时虽诸黄门, 六畜自寓耳. 其陈蕃窦武之徒, 虽鼎司牧伯, 皆贵重林宗, 信其言论, 臧否取定, 於匡危易俗, 不亦可冀乎? 而林宗既不能荐有为之士, 立毫毛之益, 而逋逃不仕者, 则方之巢许;废职待客者, 则比之周公;养徒避役者, 则拟之仲尼;弃亲依豪者, 则同之游夏. 是以世眩名实, 而大乱滋甚也. 若谓林宗不知, 则无以称聪明;若谓知之而不改, 则无以言忧道. 昔四豪似周公而不能为周公, 今林宗似仲尼而不得为仲尼也. ’”於是问者慨而叹曰:“然则斯人乃避乱之徒, 非全隐之高矣.”

弹祢卷第四十七

47.1 抱朴子曰:汉末有祢衡者, 年二十有三, 孔文举齿过知命, 身居九列, 文学冠群, 少长称
誉, 名位殊绝, 而友衡於布衣, 又表荐之於汉朝, 以为宜起家作台郎.
47.2 云:“惟岳降神, 异人并出. 目所一见, 辄诵於口. 耳所瞥闻, 不忘於心. 性与道合, 思若有神. ’其叹之如此. 衡游许下, 自公卿国士以下, 衡初不称其官, 皆名之云阿某, 或以姓呼之为某儿, 呼孔融为大儿, 呼杨修为小儿. 荀彧犹强可与语, 过此以住, 皆木梗泥偶, 似人而无人气, 皆酒瓮饮囊耳. 百官大会, 衡时在坐, 忽颦蹙凄怆, 哀叹忼慨, 或讥之曰:“英豪乐集, 非所叹也.” 衡眄历视稠众而答曰:“在此积尸列柩之间, 仁人安能不悲乎? ”
47.3 曹公尝切齿欲杀之, 然复无正有入法应殆之罪, 又惜有杀儒生之名, 乃谪作鼓吏, 衡了无悔情耻色, 乃缚角於柱, 口就吹之, 乃有异声, 并摇鼓兆击鼓, 闻者不知其一人也. 而论更剧, 无所顾忌, 寻亡走投荆州牧刘表, 表欲作书与孙权, 讨逆於时已全据江东, 带甲百万, 欲结辅车之援, 与共距中国, 使诸文士立草, 尽思而不得表意. 乃示衡. 衡省之曰:“但欲使孙左右持刀儿视之者, 此可用尔, 傥令张子布见此, 大辱人也.” 即摧坏投地, 表怅然有怪色, 谓衡曰:“为了不中芸锄乎? 惜之也.
47.4 ”衡索纸笔, 便更书之, 众所作有十余通, 衡凡一历视之而已, 暗记书之, 毕以还表. 表以还主, 或有录所作之本也, 以比校之, 无一字错, 乃各大惊. 表乃请衡更作, 衡即作成, 手不停辍, 表甚以以为佳而施用焉.
47.5 衡骄傲转甚, 一州人士, 莫不憎恚, 而表亦不复堪, 欲杀之. 或谏以为曹公名为严酷, 犹能容忍, 衡少有虚名, 若一朝杀之, 则天下游士, 莫复拟足於荆楚者也. 表遂遣之. 衡走到夏口, 依将军黄祖, 祖待以上宾. 祖大儿黄射, 与衡偕行, 过人墓下, 俱读碑铭一过而去.
47.6 久之, 射曰:“前所视碑文大佳, 恨不写也.” 衡曰:“卿存其名目耳. 我一览尚记之.” 即为暗书之, 末有一字, 石缺, 乃不分明. 衡与半字, 曰:“疑此当作某字. 恐不审也.” 射省可(下有缺文). 虽言行轻人, 宁愿荣显, 是以高游凤林, 不能幽翳蒿莱, 然修己驳刺, 迷而不觉, 故开口见憎, 举足蹈祸. 赍如此之伎俩, 亦何理容於天下而得其死哉? 犹枭鸣狐嚾, 从皆不喜, 音响不改, 易处何益. 许下, 人物之海也. 文举为之主任, 荷之足以至到, 於此不安, 已可知矣. 犹必死之病, 俞附越人, 所无如何. 朽木铅铤, 班输欧冶所不能匠也. 而复走投荆楚间, 终陷极害, 此乃衡懵蔽之效也. 盖欲之而不能得, 非能得而弗用者矣. 於戏才士, 可勿戒哉!
47.7 嵇生曰:“吾所惑者, 衡之虚名也;子所论者, 衡之实病也. 敢不寤寐於指南, 投杖於折中乎! ”

诘鲍卷第四十八

48.1 鲍生敬言, 好老庄之书, 治剧辩之言, 以为古者无君, 胜於今世, 故其著论云:“儒者曰:‘天生烝民而树之君. ’岂其皇天谆谆然亦将欲之者为辞哉! 夫强者凌弱, 则弱者服之矣;智者诈愚, 则愚者事之矣. 服之, 故君臣之道起焉;事之, 故力寡之民制焉. 然则隶属役御, 由乎争强弱而校愚智. 彼苍天果无事也, 夫混茫以无名为贵, 群生以得意为欢. 故剥桂刻漆, 非木之愿;拔鹖裂翠, 非鸟所欲;促辔衔镳, 非马之性;荷车兀运重, 非牛之乐. 诈巧之萌, 任力违真, 伐生之根, 以饰无用, 捕飞禽以供华玩, 穿本完之鼻, 绊天放之脚, 盖非万物并生之意. 夫役彼黎烝, 养此在官, 贵者禄厚而民亦困矣. 夫死而得生, 欣喜无量, 则不如向无死也.
48.2 让爵辞禄, 以钓虚名, 则不如本无让也. 天下逆乱焉而忠义显矣, 六亲不和焉而孝慈彰矣. 曩古之世, 无君无臣, 穿井而饮, 耕田而食, 日出而作, 日入而息, 泛然不系, 恢尔自得, 不竞不营, 无荣无辱, 山无蹊径, 泽无舟梁. 川谷不通, 则不相并兼;士众不聚, 则不相攻伐. 是高巢不探, 深渊不漉, 凤鸾栖息於庭宇, 龙鳞群游於园池, 饥虎可履, 虺蛇可执, 涉泽而鸥鸟不入飞, 入林而狐兔不惊. 势利不萌, 祸乱不作, 干戈不用, 城池不设, 万物玄同, 相忘於道, 疫疠不流, 民获考终, 纯白在胸, 机心不生, 含食甫而熙, 鼓腹而游. 其言不华, 其行不饰, 安得聚敛以夺民财, 安得严刑以为坑阱!
48.3 “降及杪季, 智用巧生, 道德既衰, 尊卑有序, 繁升降损益之礼, 饰绂冕玄黄之服, 起土木於凌霄, 构丹绿於棼撩, 倾峻搜宝, 泳渊辨珠. 聚玉如林, 不足以极其变;积金成山, 不足以赡其费. 澶漫於淫荒之域, 而叛其大始之本, 去宗日远, 背朴弥增, 尚贤则民争名, 贵货则盗贼起, 见可欲则真正之心乱, 势利陈则劫夺之途开. 造剡锐之器, 长侵割之患, 弩恐不劲, 甲恐不坚, 矛恐不利, 盾恐不厚. 若无凌暴, 此皆可弃也. 故曰:白玉不毁, 孰为珪璋? 道德不废, 安取仁义? 使夫桀纣之徒, 得燔人辜谏者, 脯诸侯, 菹方伯, 剖人心, 破人胫, 穷骄淫之恶, 用炮烙之虐. 若令斯人并为匹夫, 性虽凶奢, 安得施之! 使彼肆酷恣欲, 屠割天下, 由於为君, 故得纵意也. 君臣既立, 众慝日滋, 而欲攘臂乎桎梏之间, 悉劳於涂炭之中.
48.4 人主忧栗於庙堂之上, 百姓煎扰乎困苦之中, 闲之以礼度, 整之以刑罚, 是犹辟滔天之源, 激不测之流, 塞之以撮壤, 障之以指掌也.”
48.5 抱朴子难曰:“盖闻冲昧既辟, 降浊升清, 穹隆仰焘, 旁泊俯停. 乾坤定位, 上下以形, 远取诸物, 则天尊地卑, 以著人伦之体;近取诸身, 则元首股肱, 以表君臣之序, 降杀之轨, 有自来矣. 若夫太极混沌, 两仪无质, 则未若玄黄剖判, 七耀垂象, 阴阳陶冶, 万物群分也. 由滋以言, 亦知鸟聚兽散, 巢栖穴窜, 毛血是茹, 结草斯服, 入无六亲之尊卑, 出无阶级之等威, 未若庇体广夏, 稉梁嘉旨, 黼黻绮纨, 御冬当暑, 明辟莅物, 良宰匠世, 设官分职, 宇宙穆如也. 贵贱有章, 则慕赏畏罚;势齐力均, 则争夺靡惮. 是以有圣人作, 受命自天, 或结罟以畋渔, 或瞻辰而钻燧, 或尝卉以选粒, 或构宇以仰蔽. 备物致用, 去害兴利, 百姓欣戴, 奉而尊之, 君臣之道於是乎生, 安有诈愚凌弱之理? 三五迭兴, 道教遂隆, 辩章劝沮, 德盛刑清, 明良之歌作, 荡荡之化成, 太阶既平, 七政遵度, 梧禽激响於朝阳, 麟虞觌灵而来出, 龟龙吐藻於河湄, 景老摛耀於天路, 皇风振於九域, 凶器戢乎府库, 是以礼制则君安, 乐作而刑厝也. 若夫奢淫狂暴, 由乎人己, 岂必有君, 便应尔乎? 而鲍生独举衰世之罪, 不论至治之义, 何也?
48.6 “且夫逮古质朴, 盖其未变, 民尚童蒙, 机心不动, 譬夫婴孩, 智慧未萌, 非为知而不为, 欲而忍之也. 若人与人争草莱之利, 家与家讼巢窟之地, 上无治枉之官, 下有重类之党, 则私斗过於公战, 木石锐於干戈, 交尸布野, 流血绛路, 久而无君, 噍类尽矣. 至於扰龙驯凤, 河图洛书, 或麟衔甲负, 或黄鱼波涌, 或丹禽翔授, 或回风三集, 皆在有君之世, 不出无王之时也. 夫祥瑞之徵, 指发玄极, 或以表革命之符, 或以彰至治之盛, 若令有君, 不合天意, 彼嘉应之来, 孰使之哉? 子若以混冥为美乎? 则乾坤不宜分矣;若以无名为高乎? 则八卦不当画矣. 岂造化有谬, 而太昊之暗哉? 雅论所尚, 唯贵自然, 请问夫识母忘父, 群生之性也;拜伏之敬, 世之末饰也. 然性不可任, 必尊父焉;饰不可废, 必有拜焉. 任之废之, 子安乎?
48.7 “古者生无栋宇, 死无殡葬, 川无舟楫之器, 陆无车马之用, 吞啖毒烈, 以至殒毙, 疾无医术, 枉死无限. 後世圣人, 改而垂之, 民到於今, 赖其厚惠, 机巧之利, 未易败矣. 今使子居则反巢穴之陋, 死则捐之中野, 限水则泳之游之, 山行则徒步负戴, 弃鼎铉而为生臊之食, 废针石而任自然之病. 裸以为饰, 不用衣裳;逢女为偶, 不假行媒. 吾子亦将曰:‘不可也. ’况於无君乎? 若令上世人如木石, 玄冰结而不寒, 资粮绝而不饥者, 可也. 衣食之情, 苟在其心, 则所争岂必金玉, 所竞岂必荣位! 橡草予可以生斗讼, 藜藿足用, 致侵夺矣. 夫有欲之性, 萌於受气之初, 厚己之情, 著於成形之日, 贼杀并兼, 起於自然, 必也不乱, 其理何居! 夫明王在上, 群後尽规, 坐以待旦, 昧朝旰食, 延诽谤以攻过, 责昵属之补察, 听舆谣以属省, 鉴履尾而夕惕, 飏清风以埽秽, 厉秋威以肃物, 制峻网密, 有犯无赦, 刑戮以惩小罪, 九伐以讨大憝, 犹豺狼之当路, 感彝伦之不叙, 忧作威之凶家, 恐奸宄之害国. 故严司鹰扬以弹违, 虎臣杖铖於方岳, 而狂狡之变, 莫世乏之, 而令放之, 使无所惮, 则盗跖将横行以掠杀, 而良善端拱以待祸, 无主所诉, 无强所凭, 而冀家为夷齐, 人皆柳惠, 何异负豕而欲无臭, 凭河而欲不濡, 无辔箧而御奔马, 弃枻橹而乘轻舟, 未见其可也.”
48.8 鲍生又难曰:“夫天地之位, 二气范物, 乐阳则云飞, 好阴则川处. 承柔刚以率性, 随四八而化生, 各附所安, 本无尊卑也. 君臣既立, 而变化遂滋, 夫獭多则鱼扰, 鹰众则鸟乱, 有司设则百姓困, 奉上厚则下民贫, 壅崇宝货, 饰玩台榭, 食则方丈, 衣则龙章, 内聚旷女, 外多鳏男, 辨难得之宝, 贵奇怪之物, 造无益之器, 恣不已之欲, 非鬼非神, 财力安出哉?
48.9 夫谷帛积则民有饥寒之俭, 百官备则坐靡供奉之费, 宿卫有徒食之众, 百姓养游手之人, 民乏衣食, 自给已剧, 况加赋敛, 重以苦役, 下不堪命, 且冻且饥, 冒法斯滥, 於是乎在. 王者忧劳於上, 台鼎颦戚页於下, 临深履薄, 惧祸之及. 恐智勇之不用, 故厚爵重禄以诱之;恐奸衅之不虞, 故严城深池以备之. 而不知禄厚则民匮而臣骑, 城严则役重而攻巧. 故散鹿台之金, 发钜桥之粟, 莫不欢然;况乎本不聚金, 而不敛民粟乎? 休牛桃林, 放马华山, 载戢干戈, 载櫜弓矢, 犹以为泰;况乎本无军旅, 而不战不戍乎? 茅茨土阶, 弃织拔葵, 杂囊为帏, 濯裘布被, 妾不衣帛, 马不秣粟, 俭以率物, 以为美谈, 所谓盗跖分财, 取少为让, 陆处之鱼, 相煦以沫也.
48.10 “夫身无在公之役, 家无输调之费, 安土乐业, 顺天分地, 内足衣食之用, 外无势利之争, 操杖攻劫, 非人情也. 象刑之教, 民莫之犯, 法令滋彰, 盗贼多有, 岂彼无利性而此专贪残, 盖我清静则民自正, 下疲怨则智巧生也. 任之自然, 犹虑凌暴, 劳之不休, 夺之无已, 田芜仓虚, 杼柚之空, 食不充口, 衣不周身, 欲令勿乱, 其可得乎? 所以救祸而祸弥深, 峻禁而禁不止也. 关梁所以禁非, 而猾吏因之以为非焉. 衡量所以检伪, 而邪人因之以为伪焉.
48.11 大臣所以扶危, 而奸臣恐主之不危. 兵革所以静难, 而寇者盗之以为难. 此皆有君之所致也. 民有所利, 则有争心, 富贵之家, 所利重矣. 且夫细民之争, 不过小小, 匹夫校力, 亦何所至, 无疆土之可贪, 无城郭之可利, 无金宝之可欲, 无权柄之可竞, 势不能以合徒众, 威不足以驱异人, 孰与王赫斯怒, 陈师鞠旅, 推无雠之民, 攻无罪之国, 僵尸则动以万计, 流血则漂橹丹野. 无道之君, 无世不有, 肆其虐乱, 天下无邦, 忠良见害於内, 黎民暴骨於外, 岂徒小小争夺之患邪? 至於移父事君, 废孝为忠, 申令无君, 亦同有之耳. 古之为屋, 足以蔽风雨, 而今则被以朱紫, 饰以金玉;古之为衣, 足以掩身形, 而今则玄黄黼黻, 绵绮纨;古之为乐, 足以定人情, 而今则烦乎淫声, 惊魂伤和;古之饮食, 足以充饥虚, 而今则焚林漉渊, 宰割群生. (下有脱文. )
48.12 (以下为抱朴子驳难之辞)“岂可以事之有过而都绝之乎? 若虞在上, 稷卨赞事, 卑宫薄赋, 使民以时, 崇节俭之清风, 肃玉食之明禁. 质素简约者, 贵而显之;乱化侵民者, 黜而戮之;则颂声作而黎庶安矣. 何必虑火灾而坏屋室, 畏风波而填大川乎? ”
48.13 抱朴子曰:“鲍生贵上古无君之论, 余既驳之矣. 後所答余, 文多不能尽载, 余稍条其论而牒诘之云.”
48.14 鲍生曰:“人君辨难得之宝, 聚奇怪之物, 饰无益之用, 厌无已之求.”
抱朴子诘曰:“请问古今帝王, 尽辨难得之宝, 聚奇怪之物乎? 有不尔者也. 余闻唐尧之为君也, 捐金於山;虞舜之禅也, 捐璧於谷. 疏食菲服, 方之监门, 其不汔渊剖珠, 倾岩刊玉, 凿石铄黄白之矿, 越海裂翡翠之羽, 网瑇瑁於绝域, 掘丹青於岷汉, 亦可知矣. 夫服章无殊, 则威重不著, 名位不同, 则礼物异数, 是以周公辨贵贱上下之异, 式宫室居处, 则有堵雉之限, 冠盖旌旗, 则有文物之饰, 车服器用, 则有多少之制, 庖厨供羞, 则有法膳之品, 年凶灾眚, 又减撤之. 无已之欲, 不在有道, 子之所云, 可以声桀纣之罪, 不足以定雅论之证也.
48.15 鲍生曰:“人君後宫三千, 岂皆天意, 谷帛积则民饥寒矣.”
抱朴子诘曰:“王者妃妾之数, 圣人之所制也. 圣人, 与天地合其德者也. 其德与天地合, 岂徒异哉! 夫岂徒欲以顺情盈欲而已乎! 乃所以佐六宫, 理阴阳, 教尔崇奉祖庙, 祗承大祭, 供玄紞之服, 广本支之路, 且案周典九土之记, 及汉氏地理之书, 天下女数, 多於男焉. 王者所宗, 岂足以逼当娶者哉? 姬公思之, 似已审矣. 帝王帅百僚以藉田, 後妃将命妇以蚕织, 下及黎庶, 农课有限, 力佃有赏, 怠惰有罚, 十一而税, 以奉公用. 家有备凶之储, 国有九年之积, 各得顺天分地, 不夺其时, 调薄役希, 民无饥寒, 衣食既足, 礼让以兴. 昔文景之世, 百姓务农, 家给户丰, 官仓之米, 至腐赤不可胜计. 然而士庶犹侯服鼎食, 牛马盖泽, 由於赋敛有节, 不足损下也. 至於季世, 官失佃课之制, 私务浮末之业, 生谷之道不广, 而游食之徒滋多, 故上下同之, 而犯非者众, 鲍生乃归咎有君. 若夫讥辨择之过限, 刺农课之不实, 责牛饮之三千, 贬履亩与太半, 但使後宫依周礼, 租调不横加, 斯则可矣. 必无君乎! 夫一日晏起, 则事有失所, 即鹿无虞, 维入於林中, 安可终已. 靡所宗统, 则君子失所仰, 凶人得其志, 网疏犹漏, 可都无网乎? ”
48.16 鲍生曰:“人之生也, 衣食已剧, 况又加之以敛赋, 重之以力役, 饥寒并至, 下不堪命, 冒法犯非, 於是乎生.”
抱朴子诘曰:“蜘蛛张网, 蚤虱不馁, 使人智巧, 役用万物, 食口衣身, 何足剧乎? 但患富者无知止之心, 贵者有无限之用耳. 岂可以一蹶之故, 而终身不行, 以桀纣之虐, 思乎无主也. 夫言主事弥张, 赋敛之重於住古, 民力之疲於末务, 饥寒所缘, 以讥之可也. 而言有役有赋, 使国乱者, 请问唐虞升平之世, 三代有道之时, 为无赋役以相供奉, 元首股肱, 躬耕以自给邪? 鲍生乃唯知饥寒并至, 莫能固穷, 独不知衣食并足, 而民知荣辱乎! ”
48.17 鲍生曰:“王者临深履尾, 不足喻危, 假寐待旦, 日昃旰食, 将何为惧祸及也? ”
抱朴子难曰:“审能如此, 乃圣主也. 王者所病, 在乎骄奢, 贤者不用, 用者不贤, 夏癸指天日以自喻, 秦始忧万世之同谥, 故致倾亡, 取笑将来. 若能惧危夕惕, 广纳规谏, 询草刍尧以待听, 养黄发以乞言, 何忧机事之有违, 何患百揆之不康. 夫战兢则彝伦叙, 怠荒则奸宄作, 况无君, 能无乱乎? ”
48.18 鲍生曰:“王者钦想奇瑞, 引诱幽荒, 欲以崇德迈威, 厌耀未服, 白雉玉环, 何益齐民乎?
”抱朴子诘曰:“夫王者德及天则有天瑞, 德及地则有地应. 若乃景星摛光, 以佐望舒之耀;冠日含辨, 以表羲和之晷. 灵禽嗈喈於阿阁, 金象焜晃乎清沼, 此岂卑辞所致, 厚币所诱哉! 王莽奸猾, 包藏祸心, 文致太平, 诳眩朝野, 贶遗外域, 使送瑞物, 岂可以此谓古皆然乎? 夫见盈丈之尾, 则知非咫尺之躯;睹寻仞之牙, 则知非肤寸之口. 故王母之遣使, 明其玄化通灵, 无远不怀也;越裳之重译, 足知惠沾殊方, 泽被无外也. 夫绝域不可以力服, 蛮貊不可以威摄, 自非至治, 焉能然哉! 何者鲍生谓为不用? 夫周室非乏玉而须王母之环以为富也, 非俭膳而渴越裳之雉以充庖也, 所以贵之者, 诚以斯物为太平. 则上无苛虐之政, 下无失所之人, 蜎飞蠕动, 咸得其欢, 有国之美, 孰多於斯! 而云不用, 无益於齐民. 源远体大, 固未易见, 鲍生之言, 不亦宜乎? ”
48.19 鲍生曰:“人君恐奸衅之不虞, 故严城以备之也.”
抱朴子诘曰:“侯王设险, 大易所贵, 不审严城, 何讥焉尔. 夫两仪肇辟, 万物化生, 则邪正存焉尔. 夫圣人知凶丑之自然, 下愚之难移, 犹春阳之不能荣枯朽, 炎景之不能铄金石, 冶容慢藏, 诲淫召盗, 故取法乎习坎, 备豫於未萌. 重门有击柝之敬, 治戎遏暴客之变, 而欲除之, 其理何居? 兕之角也, 凤之距也. 天实假之, 何必日用哉! 蜂虿挟毒以卫身, 智禽衔芦以捍网, 獾曲其穴, 以备径至之锋, 水牛结阵, 以却虎豹之暴, 而鲍生欲弃甲胄以遏利刃, 堕城池以止冲锋, 若令甲胄既捐而利刃不住, 城池既坏而冲锋犹集, 公输、墨翟, 犹不自全, 不审吾生, 计将安出乎? ”
48.20 或曰:“苟夫可欲之物, 虽无城池之固, 敌亦不来者也.”
抱朴子答曰:“夫可欲之物, 何必金玉, 锥刀之末, 愚民竞焉. 越人之大战, 由乎蚺蛇之不钧;吴楚之交兵, 起乎一株之桑叶. 饥荒之世, 人人相食, 素手裸跣(下有脱文). 远则甫侯子羔, 近则於公释之, 控情审罚, 剖毫析芒. 受戮者吞声而歌德, 则劓者没齿无怨言, 此皆非无君之时也. 昔有鳏在下而四岳不蔽, 明扬仄陋而元凯毕举, 或投屠刀而排金门, 或释版筑而蹑玉堂, 或委刍豢而登卿相, 或自亡命而为上将, 伯柳达雠人, 解狐荐怨家, 方回叩头以致士, 禽息碎首以推贤, 敢问於时, 有君否邪?
48.21 又云:“田芜廪虚, 皆由有君.” “夫君非塞田之蔓草, 臣非耗仓之雀鼠也. 其芜其虚, 卒由户乙运, 水旱疫疠, 以臻凶荒, 岂在赋税, 令其然乎? 至於八政之首食, 谓之民天, 後稷躬稼, 有虞亲耕, 丰年多黍多稌, 我庾惟亿, 民食其陈, 白渠开而斥卤膏壤, 邵父起阳陵之陂而积谷为山, 叔敖创期思而家有腐粟, 赵过造三犁之巧而关右以丰, 任延教九真之佃而黔庶殷饱, 此岂无君之时乎! ”

知止卷第四十九

49.1 抱朴子曰:祝莫大於无足, 福莫厚乎知止. 抱盈居冲者, 必全之算也;宴安盛满者, 难保之危也. 若夫善卷巢许管胡之徒, 咸蹈云物以高骛, 依龙凤以竦迹, 觇韬锋於香饵之中, 寤覆车乎来轫之路, 违险途以遐济, 故能免詹何之钓缗, 可谓善料微景於形外, 觌坚冰於未霜, 徙薪曲突於方炽之火, 纚舟弭楫於冲风之前, 瞻九牛害而深沈, 望密蔚而曾逝, 不托巢於苇苕之末, 不偃寝乎崩山之崖者也. 斯皆器大量弘, 审机识致, 凌侪独往, 不牵常欲, 神叁造化, 心遗万物, 可欲不能虿介其纯粹, 近理不能耗滑其清澄. 苟无若人之自然, 诚难企及乎绝轨也. 徒令知功成者身退, 处劳大者不赏, 狡兔死则知猎犬之不用, 高鸟尽则觉良弓之将弃. 鉴彭韩之明镜, 而念抽簪之术;睹越种之暗机, 则识金象之贵. 若范公泛艘以绝景, 薛生逊乱以全洁, 二疏投印於方盈, 田豫释绂於漏尽, 进脱亢悔之咎, 退无濡尾之吝, 清风足以扬千载之尘, 德音足以祛将来之惑. 方之陈宝, 不亦邈乎!
49.2 或智小败於谋大, 或辕弱折於载重, 或独是陷於众非, 或尽忠讦於兼会, 或倡高算而受晁错之祸, 或竭心力而遭吴起之害. 故有口止局高口止脊厚, 犹不免焉. 公旦之放, 仲尼之行, 贾生逊摈於下士, 子长熏肾乎无辜, 乐毅平齐, 伍员破楚, 白起以百胜拓疆, 文子以九术霸越, 韩信功盖於天下, 黥布灭家以佐命, 荣不移晷, 辱已及之. 不避其祸, 岂智者哉! 为臣不易, 岂将一途, 要而言之, 决在择主. 我不足赖, 其验如此. 告退避贤, 洁而且安, 美名厚实, 福莫大焉. 能修此术, 万未有一. 吉凶由人, 可勿思乎! 逆耳之言, 乐之者希, 献纳期荣, 将速身祸, 救诽谤其不暇, 何信受之可必哉!
49.3 夫矢曾缴纷纭则鸳雏徊翮, 坑阱充蹊则麟虞敛迹. 情不可极, 欲不可满, 达人以道制情, 以计遣欲, 为谋者犹宜使忠, 况自为策而不详哉! 盖知足者常足也, 不知足者无足也. 常足者, 福之所赴也;无足者, 祸之所锺也. 生生之厚, 杀哉生矣, 宋氏引苗, 郢人张革, 诚欲其快, 而实速萎裂, 知进忘退, 斯之谓乎?
49.4 夫筴奔而不止者, 鲜不倾坠;凌波而无休者, 希不沈溺;弄刃不息者, 伤刺之由也;斫击不辍者, 缺毁之原也. 盈则有损, 自然之理, 周庙之器, 岂欺我哉? 故养由之射, 行人识以驰弦, 东野之御, 颜子知其方败, 成功之下, 未易久处也. 夫饮酒者不必尽乱, 而乱者多焉;富贵者岂其皆危, 而危者有焉. 智者料事於倚伏之表, 伐木於毫末之初, 吐高言不於累棋之际, 议治裘不於群狐之中, 古人佯狂为愚, 岂所乐哉! 时之宜然, 不获已也. 亦有深逃而陆遭波涛, 幽遁而水被焚烧, 若龚胜之绝粒以殒命, 李业煎蹙以吞鸩, 由乎迹之有朕, 景之不灭也. 若使行如蹈冰, 身如居阴, 动无遗踪可寻, 静与无为为一, 岂有斯患乎! 又况乎揭日月以隐形骸, 击建鼓以徇利器者哉! 夫值明时则优於济四海, 遇险世则劣於保一身, 为此永慨, 非一士也.
49.5 吾闻无炽不灭, 靡溢不损, 焕赫有委灰之兆, 春草为秋瘁之端, 日中则昃, 月盈则蚀, 四时之序, 成功者退. 远取诸物, 则构高崇峻之无限, 则颓坏惟忧矣;近取诸身, 则嘉膳旨酒之不节, 则结疾伤性矣. 况乎其高概云霄而积之犹不止, 其威震人主而加崇, 又不息者乎! 蚊虻堕山, 适足翱翔;兕虎之坠, 碎而为齑. 此言大物, 不可失所也. 且夫正色弹违, 直道而行, 打扑干纪, 不虑雠隟, 则怨深恨积. 若舍法容非, 属托如响, 吐刚茹柔, 委曲绳墨, 则忠□丧败, 居此地者, 不变劳乎? 是以身名并全者甚希, 而折足覆食束者不乏也. 然而入则兰房窈窕, 朱帷组帐, 文茵兼舒於华第, 艳容粲烂於左右, 轻体柔声, 清歌妙舞, 宋蔡之巧, 阳阿之妍, 口吐辨菱延露之曲, 足蹑渌水七盘之节, 知音悦耳, 冶姿娱心, 密宴继集, 醽醁不撤, 仰登绮阁, 俯映清渊, 游果林之丹翠, 戏蕙囿之芬馥, 文鳞瀺灂, 朱习颉颃, 飞缴堕云鸿, 沈纶引鲂鲤, 远珍不索而交集, 玩弄纷华而自至. 出则朱轮耀路, 高盖接轸, 丹旗云蔚, 麾节翕赫, 金口嘈口献, 戈甲璀错, 得意托於後乘, 嘉旨盈乎属车, 穷游观之娱, 极畋渔之欢. 圣明之誉, 满耳而入;谄悦之言, 异口同辞. 於时眇然, 意蔑古人, 谓伊吕管晏, 不足算也.
49.6 岂觉崇替之相为首尾, 哀乐之相为朝暮, 肯谢贵盛, 乞骸骨, 背朱门而反丘园哉! 若乃圣明在上, 大贤赞事, 百揆非我则不叙, 兆民非我则不济, 高而不以危为忧, 满而不以溢为虑者, 所不论也.
穷达
49.7 或问:“一流之才, 而或穷或达, 其故何也? 俊逸絷滞, 其有憾乎? ”
抱朴子答曰:“夫器业不异, 而有抑有扬者, 无知己也. 故否泰时也, 通塞命也. 审时者何怨於沈潜, 知命者何恨於卑瘁乎! 故沈闾渟钧, 精劲之良也, 而不以击, 则朝菌不能断焉;珧华黎绿, 连城之宝也, 委之泥泞, 则瓦砾积其上焉. 故可珍而不必见珍也, 可用而不必见用也. 庸俗之夫, 暗於别物, 不分朱紫, 不辩菽麦, 唯以达者为贤, 而不知侥求者之所达也;唯以穷者为劣, 而不详守道者之所穷也. 且夫悬象不丽天, 则不能扬大明灼无外, 嵩岱不托地, 则不能竦峻极概云霄. 兔足因夷途以聘迅, 龙艘泛激流以效速, 离光非燧人不炽, 楚金非欧冶不剡, 丰华俟发春而表艳, 栖鸿待冲飙而轻戾, 四岳不明扬, 则有鳏不登庸, 叔牙不推贤, 则夷吾不式厚, 穰苴赖平仲以超踔, 淮阴因萧公以鹰扬, 隽生由胜之之谈, 曲逆缘无知之荐, 元直起龙萦之孔明, 公瑾贡虎卧之兴霸, 故能美名垂於帝籍, 弘勋著於当世也.
49.8 “汉之末年, 吴之季世, 则不然焉. 举士也, 必附己者为前;取人也, 必多党者为决;而附己者不必足进之器也, 同乎我, 故不能遗焉;而多党者不必逸群之才也, 信众口, 故谓其可焉. 或信此之庸猥, 而不能遣所念之近情;或识彼之英异, 而不能平心於至公. 於是释铨衡, 而以疏数为轻重矣;弃度量, 而以纶集为多少矣. 於时之所谓雅人高韵, 秉国之钧, 黜陟决己, 褒贬由口者, 鲜哉免乎斯累也. 又况於胸中率有憎独立, 疾非党, 忌胜己, 忽寒素者乎? 悲夫! 邈俗之士, 不群之人, 所以比肩不遇, 不可胜计, 或抑顿於薮泽, 或立朝而斥退也.
49.9 盖修德而道不行, 藏器而时不会, 或俟河清而齿已没, 或竭忠勤而不见知, 远行不骋於一世, 勋泽不加於生民. 席上之珍, 郁於泥泞, 济物之才, 终於无施, 操筑而不值武丁, 抱竿而不遇西伯, 自曩迄今, 将有何限? 而独悲之, 不亦陋哉! 瞻径路之远, 而耻由之;知大道之否, 而不改之. 齐通塞於一途, 付荣辱於自然者, 岂怀悒闷於知希, 兴永叹於川逝乎! 疑其有憾, 是未识至人之用心也. 小年之不知大年, 井蛙之不晓沧海, 自有来矣.
重言
49.10 抱朴子曰:余友人玄泊先生者, 齿在志学, 固已穷览六略, 旁综河洛, 昼竞羲和之末景, 夕照望舒之余辉, 道靡远而不究, 言无微而不测, 以儒墨为城池, 以机神为干戈, 故谈者莫不望尘而衔璧, 文士寅目而格笔. 俄而寤智者之不言, 觉寸一之无咎, 意得则齐荃蹄之可弃, 道乖则觉唱高而和寡, 於是奉老氏多败之戒, 思金人三缄之义, 括锋颖而如讷韬, 修翰於彤管, 含金怀玉, 抑谧华辩, 终日弥夕, 或无一言.
49.11 门人进曰:“先生默然, 小子胡述? 且与庸夫无殊焉. 窃谓锺不鸣, 则不异於积铜;浮磬息音, 则未别乎聚石也.”
玄泊先生答曰:“吾特收远名於万代, 求知己於将来, 岂能竞见知於今日, 标格於一时乎? 陶甄以盛酒, 虽美不见酣;身卑而言高, 虽是不见信. 徒卷舌而竭声, 将何救於流遁? 古人六十笑五十九, 不远迷复, 乃觉有以也. 夫玉之坚也, 金之刚也, 冰之冷也, 火之热也, 岂须自言, 然後明哉! 且八音九奏, 不能无长短之病, 养由百发不能止, 将有一失之疏, 玩凭河者, 数溺於水;好剧谈者, 多漏於口. 伯牙谨於操弦, 故终无烦手之累;儒者敬其辞令, 故终无枢机之辱. 浅近之徒, 则不然焉. 辩虚无之不急, 争细事以费言, 论广修坚白无用之说, 诵诸子非圣过正之书, 损教益惑, 谓之深远, 委弃正经, 竞治邪学. 或与暗见者较唇吻之胜负, 为不识者吐清商之谈对, 非敌力之人, 旁无赏解之客, 何异奏雅乐於木梗之侧, 陈玄黄於土偶之前哉! 徒口枯气乏, 椎杭抵掌, 斤斧缺坏而盘节不破, 勃然战色而乖忤愈远, 致令恚容表颜, 丑言自口, 偷薄之变, 生乎其间, 既玷之谬, 不可救磨. 未若希声不全大音, 约说以俟识者矣.

自叙卷第五十

50.1 抱朴子者, 姓葛, 名洪, 字稚川. 丹阳句容人也. 其先葛天氏, 盖古之有天下者也. 後降为列国, 因以为姓焉. 洪曩祖为荆州刺史, 王莽之篡, 君耻事国贼, 弃官而归, 与东郡太守翟义共起兵. 将以诛莽, 为莽所败, 遇赦免祸, 遂称疾自绝於世. 莽以君宗强, 虑终有变, 乃徙君於琅邪. 君之子浦庐, 起兵以佐光武, 有大功. 光武践祚, 以庐为车骑. 又迁骠骑大将军, 封下邳僮县侯, 食邑五千户.
50.2 开国初, 侯之弟文, 随侯征讨, 屡有大捷. 侯比上书为文讼功, 而官以文私从兄行, 无军名, 遂不为论. 侯曰:“弟与我同冒矢石, 疮痍周身, 伤失右眼, 不得尺寸之报. 吾乃重金累紫, 何心以安? ”乃自表选取转封於弟. 书上请报, 汉朝欲成君高义, 故特听焉. 文辞, 不获已. 受爵即第, 为骠骑营立宅舍於博望里. 於今基兆石础存焉. 又分割租秩以供奉吏士, 给如二君焉. 骠骑殷勤止之而不从. 骠骑曰:“此更烦役国人, 何以为让? ”乃托他行, 遂南渡江而家於句容. 子弟躬耕, 以典籍自娱. 文累使奉迎骠骑, 骠骑终不还. 又令人守护博望宅舍, 以冀骠骑之反, 至於累世无居之者.
50.3 洪祖父学无不涉, 究测精微, 文艺之高, 一时莫伦. 有经国之才, 仁吴, 历宰海盐。临安。山阴三县. 入为吏部待郎, 御史中丞, 庐陵太守, 吏部尚书, 太子少傅, 中书, 大鸿胪, 侍中, 光禄勋, 辅吴将军, 封吴寿县侯.
50.4 洪父以孝友闻, 行为士表, 方册所载, 罔不穷览. 仕吴五官郎, 中正, 建城、南昌二县令, 中书郎, 廷尉, 平中护军, 会稽太守. 未辞而晋军顺流, 西境不守, 博简秉文经武之才, 朝野之论, 佥然推君. 於是转为五郡赴警. 大都督给亲兵五千, 总统征军, 戍遏疆场. 天之所坏, 人不能支, 故主钦若, 九有同宾, 君以故官, 赴除郎中. 稍迁至大中大夫, 历位大中正, 肥乡令. 县户二万, 举州最治, 德化尤异, 恩洽刑清, 野有颂声, 路无奸迹, 不佃公田, 越界如市. 秋毫之赠, 不入於门;纸笔之用, 皆出於私财. 刑厝而禁止, 不言而化行. 以疾去官, 发诏见用为吴王郎中令. 正色弼违, 进可替不, 举善弹枉, 军国肃雍. 迁邵陵太守, 卒於官.
50.5 洪者, 君之弟三子也. 生晚, 为二亲所娇饶, 不早见督以书史. 年十有三, 而慈父见背. 夙失庭训, 饥寒困瘁, 躬执耕穑, 承星履草, 密勿畴袭. 又累遭兵火, 先人典籍荡尽. 农隙之暇无所读, 乃负笈徒步行借. 又卒於一家, 少得全部之书, 益破功日伐薪以给纸笔, 就营田园处, 以柴火写书. 坐此之故, 不得早涉艺文. 常乏纸, 每所写, 反覆有字, 人鲜能读也.
50.6 年十六, 始读《教经》、《论语》、《诗》、《易》. 贫乏无以远寻师友, 孤陋寡闻, 明浅思短, 大义多所不能通, 但贪广览, 於众书乃无不暗诵精持. 曾所披涉, 自正经、诸史、百家之言, 下至短杂文章, 近万卷. 既性暗善忘, 又少文, 意志不专, 所识者甚薄, 亦不免惑, 而著述时犹得有所引用, 竟不成纯儒, 不中为传授之师. 其河洛图纬, 一视便止, 不得留意也. 不喜星书及算术九宫三棋太一飞符之属, 了不从焉. 由其苦人而少气味也.
50.7 晚学风角望气三元遁甲, 六壬太一之法, 粗知其旨, 又不研精. 亦计此辈率是为人用之事, 同出身情, 无急以此自劳役, 不如省子书之有益, 遂又废焉. 案《别录》《艺文志》, 众有万三千二百九十九卷, 而魏代以来, 群文滋长, 倍於往者, 乃自知所未见之多也. 江表书籍, 通同不具, 昔欲诣京师索奇异, 而正值大乱, 半道而还. 每自叹恨. 今齿近不惑, 素志衰颓, 但念损之又损, 为乎无为, 偶耕薮泽, 苟存性命耳. 博涉之业, 於是日沮矣.
50.8 洪之为人也, (有脱文)而騃野, 性钝口讷, 形貌丑陋, 而终不辩自矜饰也. 冠履垢弊, 衣或褴褛, 而或不耻焉. 俗之服用, 俾而屡改, 或忽广领而大带, 或促身而修袖, 或长裾曳地, 或短不蔽脚. 洪期於守常, 不随世变. 言则率实, 杜绝嘲戏, 不得其人, 终日默然. 故邦人咸称之为抱朴之士. 是以洪著书, 因以自号焉.
50.9 洪禀性尪羸, 兼之多疾, 贫无车马, 不堪徒行, 行亦性所不好. 又患弊俗, 舍本逐末, 交游过差, 故遂抚笔闲居, 守静荜门而无趋从之所, 至於权豪之徒, 虽在密迹, 而莫或相识焉. 衣不辟寒, 室不免漏, 食不充虚, 名不出户, 不能忧也. 贫无僮仆, 篱落顿决, 荆棘丛於庭宇, 蓬莠塞乎阶雨
留, 披榛出门, 排草入室, 论者以为意远忽近而不恕. 其乏役也. 不晓谒(有脱文)以故初不修见官长. 至於吊大丧, 省困疾, 乃心欲自勉, 强令无不必至, 而居疾少健. 恒复不周, 每见讥责於论者. 洪引咎而不恤也. 意苟无余, 而病使心违, 顾不愧己而已, 亦何理於人之不见亮乎? 唯明鉴之士, 乃恕其信抱朴, 非以养高也. 世人多慕豫亲之好, 推暗室之密, 洪以为知人甚未易, 上圣之所难. 浮杂之交, 口合神离, 无益有损. 虽不能如朱公叔一切绝之, 且必须清澄详悉, 乃处意焉. 又为此见憎者甚众而不改也. 驰逐苟达, 侧立势门者, 又共疾洪之异於己, 而见疵毁, 谓洪为傲物轻俗. 而洪之为人, 信心而行, 毁誉皆置於不闻.
50.10 至患近人, 或恃其所长而轻人所短, 洪忝为儒者之末, 每与人言, 常度其所知而论之, 不强引之以造彼所不闻也. 及与学士有所辩识, 每举纲领. 若值惜短, 难解心义, 但粗说意之与向, 使足以发寤而已, 不致苦理, 使彼率不得自还也. 彼静心者, 存详而思之, 则多自觉而得之者焉. 度不可与言者, 虽或有问, 常辞以不知, 以免辞费之过也. 洪性深不好干烦官长, 自少及长, 曾救知己之抑者数人, 不得已, 有言於在位者, 然其人皆不知洪之恤也. 不忍见其陷於非理, 密自营之耳. 其余虽亲至者, 在事秉势, 与洪无惜者, 终不以片言半字, 少累之也. 至於粮用穷匮急, 合汤药则唤求朋类, 或见济, 亦不让也. 受人之施, 必皆久久渐有以报之, 不令觉也. 非类则不妄受其馈致焉. 洪所食有旬日之储, 则分以济人之乏;若殊自不足, 亦不割己也. 不为皎皎之细行, 不治察察之小廉. 村里凡人之谓良守善者, 用时, 或赍酒肴候洪, 虽非俦匹, 亦不拒也. 後有以答之, 亦不登时也. 洪尝谓史云不食於昆弟, 华生治洁於昵客, 盖邀名之伪行, 非廊庙之远量也.
50.11 洪尤疾无义之人, 不勤农桑之本业, 而慕非义之奸利. 持乡论者, 则卖选举以取谢;有威势者, 则解符疏以索财. 或有罪人之赂, 或枉有理之家. 或为逋逃之薮, 而飨亡命之人;或挟使民丁, 以妨公役;或强收钱物, 以求贵价;或占锢市肆, 夺百姓之利;或割人田地, 劫孤弱之业. 惚恫官府之间, 以窥掊克之益, 内以夸妻妾, 外以钓名位. 其如此者, 不与交焉.
由是俗人憎洪疾己, 自然疏绝, 故巷无车马之迹, 堂无异志之宾, 庭可设雀罗, 而几筵积尘焉.
50.12 洪自有识以逮将老, 口不及人之非, 不说人之私, 乃自然也. 虽仆竖有其所短, 所羞之事, 不以戏之也. 未尝论评人物之优劣, 不喜诃谴人交之好恶. 或为尊长所逼问, 辞不获已, 其论人也, 则独举彼体中之胜事而已. 其论文也, 则撮其所得之佳者, 而不指摘其病累, 故无毁誉之怨. 贵人时或问官吏民, 甲乙何如. 其清高闲能者, 洪指说其快事;其贪暴暗塞者, 对以偶不识悉. 洪由此颇见讥责, 以顾护太多, 不能明辩臧否, 使皂白区分, 而洪终不敢改也. 每见世人有好论人物者, 比方伦匹, 未必当允, 而褒贬与夺, 或失准格. 见誉者自谓己分, 未必信德也;见侵者则恨之入骨, 剧於血雠. 洪益以为戒, 遂不复言及士人矣. 虽门宗子弟, 其称两皆以付邦族, 不为轻乎其价数也.
50.13 或以讥洪, 洪答曰:“我身在我者也, 法当易知. 设令有人问我, 使自比古人, 及同时令我自求辈, 则我实不能自知, 可与谁为匹也. 况非我, 安可为取而评定之耶? 汉末俗弊, 朋党分部, 许子将之徒, 以口舌取戒. 争讼论议, 门宗成雠. 故汝南人士无复定价而有月旦之评. 魏武帝深亦疾之, 欲取其首, 尔乃奔波亡走, 殆至屠灭. 前鉴不远, 可以得师矣. 且人之未易知也, 虽父兄不必尽子弟也, 同乎我者遽是乎? 异於我者遽非乎? 或有始无卒, 唐尧、公旦、仲尼、季札, 皆有不全得之恨, 无以近人信其喽喽管见荧烛之明, 而轻评人物. 是皆卖彼上圣大贤乎? ”
50.14 昔大安中, 石冰作乱, 六州之地, 柯振叶靡, 违正党逆. 义军大都督邀洪为将兵都尉, 累见敦迫, 既桑梓恐虏, 祸深忧大. 古人有急疾之义, 又畏军法, 不敢任志, 遂募合数百人, 与诸军旅进. 曾攻贼之别将, 破之日, 钱帛山积, 珍玩蔽地, 诸军莫不放兵收拾财物, 继毂连担. 洪独约令所领, 不得妄离行陈. 士有摭得众者, 洪即斩之以徇. 於是无敢委杖, 而果有伏贼数百, 出伤诸军. 诸军悉发, 无部队, 皆人马负重, 无复战心. 遂致惊乱, 死伤狼藉, 殆欲不振. 独洪军整齐毂张, 无所损伤. 以救诸军之大崩, 洪有力焉. 後别战斩贼小帅, 多获甲首, 而献捷幕府. 於是大都督加洪伏波将军, 例给布百匹. 诸将多封闭之, 或送还家, 而洪分赐将士, 及施知故之贫者, 余之十匹, 又径以市肉酤酒, 以飨将吏. 於时窃擅一日之美谈焉.
50.15 事平, 洪投戈释甲, 径诣洛阳, 欲广寻异书, 了不论战功. 窃慕鲁连不受聊城之金, 包胥不纳存楚之赏, 成功不处之义焉. 正遇上国大乱, 北道不通. 而陈敏又反於江东, 归途隔塞. 会有故人谯国嵇君道, 见用为广州刺史. 乃表请洪为叁军. 虽非所乐, 然利可避地於南, 故黾勉就焉. 见遣先行催兵, 而君道於後遇害, 遂停广州. 频为节将见邀用, 皆不就. 永惟富贵可以渐得而不可顿合, 其间屑屑, 亦足以劳人. 且荣位势利, 譬如寄客, 既非常物, 又其去不可得留也. 隆隆者绝, 赫赫者灭, 有若春华, 须臾凋落, 得之不喜, 失之安悲? 悔吝百端, 忧惧兢战, 不可胜言. 不可为也. 且自度性笃懒而才至短, 以笃懒而御短才, 虽翕肩屈膝, 趋走风尘, 犹必不办大致名位而免患累, 况不能乎? 未若修松乔之道, 在我而已, 不由於人焉. 将登名山, 服食养性. 非有废也, 事不兼济, 自非绝弃世务, 则曷缘修习玄静哉? 且知之诚难, 亦不得惜问而与人议也. 是以车马之迹, 不经贵势之域;片字之书, 不交在位之家. 又士林之中, 虽不可出, 而见造之宾, 意不能拒, 妨人所作, 不得专一, 乃叹曰:“山林之中无道也. 而古之修道者, 必入山林者, 诚欲以违远讙哗, 使心不乱也. 今将遂本志, 委桑梓, 适嵩岳, 以寻方平梁公之轨.”
50.16 先所作子书内、外篇, 幸已用功夫, 聊复撰次, 以示将来云尔. 洪年十五、六时, 所作诗赋杂文, 当时自谓可行於代, 至於弱冠, 更详省之, 殊多不称意. 天才未必为增也, 直所览差广, 而觉妍媸之别. 於是大有所制, 弃十不存一. 今除所作子书, 但杂尚余百所卷, 犹未尽损益之理, 而多惨愤, 不遑复料护之. 他人文成, 便呼快意, 余才钝思迟, 实不能尔. 作文章每一更字, 辄自转胜, 但患懒, 又所作多不能数省之耳. 洪年二十余, 乃计作细碎小文, 妨弃功日, 未若立一家之言, 乃草创子书. 会遇兵乱, 流离播越, 有所亡失, 连在道路, 不复投笔十余年, 至建武中, 乃定凡著《内篇》二十卷, 《外篇》五十卷, 碑颂诗赋百卷, 军书檄移章表笺记三十卷, 又撰俗所不列者, 为《神仙传》十卷, 又撰高尚不仕者, 为《隐逸传》十卷又抄五经、七史、百家之言, 兵事、方伎、短杂奇要三百一十卷, 别有目录. 其《内篇》言神仙方药、鬼怪变化、养生延年、禳邪却祸之事, 属道家;《外篇》言人间得失, 世事臧否, 属儒家. 洪见魏文帝《典论》自叙, 未及弹棋击剑之事, 有意於略说所知, 而实不数少所便能, 不可虚自称扬. 今将具言, 所不闲焉.
50.17 洪体纯性驽, 寡所玩好, 自总发垂髫, (有脱文)又掷瓦手抟, 不及儿童之群, 未曾斗鸡鹜, 走狗马, 见人博戏, 了不目眄. 或强牵引观之, 殊不入神, 有若昼睡. 是以至今不知棋局上有几道樗蒲齿名. 亦念此辈末伎, 乱意思而妨日月, 在位有损政事, 儒者则废讲诵, 凡民则忘稼穑, 商人则失货财. 至於胜负未分, 交争都市, 心热於中, 颜愁於外, 名之为乐, 而实煎悴, 丧廉耻之操, 兴争竞之端, 相取重货, 密结怨隙. 昔宋闵公、吴太子致碎首之祸, 生叛乱之变, 覆灭七国, 几倾天朝. 作戒百代, 其鉴明矣. 每观戏者, 渐恚交集, 手足相及, 丑詈相加, 绝交坏友, 往往有焉. 怨不在大, 亦不在小, 多召悔吝, 不足为也. 仲尼虽有昼寝之戒, 以洪较之, 洪实未许其贤於昼寝. 何则? 昼寝但无益而未有怨恨之忧, 斗讼之变, 圣者犹韦编三绝, 以勤经业, 凡才近人, 安得兼修, 惟诸戏尽不如示一尺之书, 故因本不喜而不为, 盖此俗人所亲焉.
50.18 少尝学射, 但力少不能挽强, 若颜高之弓耳. 意为射既在六艺, 又可以御寇辟劫, 及取鸟兽, 是以习之. 昔在军旅, 曾手射追骑, 应弦而倒, 杀二贼一马, 遂以得免死. 又曾受刀盾及单刀双戟, 皆有口诀要术, 以侍取人, 乃有秘法, 其巧入神. 若以此道与不晓者对, 便可以当全独胜, 所向无前矣. 晚又学七尺杖术, 可以入白刃, 取大戟, 然亦是不急之末学. 知之譬如麟角凤距, 何必用之? 过此已往, 未之或知.
50.19 洪少有定志, 决不出身, 每览巢许、子州、北人石户、二姜、两袁、法真、子龙之传, 尝废书前席, 慕其为人. 念精治五经, 著一部子书, 令後世知其为文儒而已. 後州郡及车骑大将军辟, 皆不就. 荐名琅邪王丞相府, 昔起义兵, 贼平之後, 了不修名诣府, 论功主者, 永无赏报之冀. 晋王应天顺人, 拨乱反正, 结皇纲於垂绝, 修宗庙之废祀, 念先朝之滞赏, 并无报以劝来. 洪随例就彼, 庚寅, 诏书赐爵关中侯, 食句容之邑二百户. 窃谓讨贼以救桑梓, 劳不足录, 金紫之命, 非其始愿. 本欲远慕鲁连, 近引田畴, 上书固辞, 以遂微志. 适有大例, 同不见许. 昔仲由让应受赐而沮为善, 丑虏未夷, 天下多事, 国家方欲明赏必罚, 以彰宪典, 小子岂敢苟洁区区懦志, 而距私通之大制? 故遂息意而恭承诏命焉.
50.20 洪既著“自叙”之篇, 或人难曰:“昔王充年在耳顺, 道穷望绝, 惧身名之偕灭, 故自纪终篇. 先生以始立之盛, 值乎有道之运, 方将解申公之束帛, 登穆生之蒲轮, 耀藻九五, 绝声昆吾, 何憾芬芳之不扬, 而务老生之彼务? ”洪答曰:“夫二仪弥邈, 而人居若寓, 以朝菌之耀秀, 不移晷而殄瘁, 类春华之暂荣, 未改旬而凋坠. 虽飞飙之经霄, 激电之乍照, 未必速也. 夫期赜犹奔星之腾烟, 黄发如激箭之过隙. 况或未萌而殒箨, 逆秋而雾瘁者哉? 故项子有含穗之叹, 扬乌有夙折之哀, 历览远古, 逸伦之士, 或以文艺而龙跃, 或以武功而虎踞, 高勋著於盟府, 德音被乎管弦, 形器虽沈, 铄於渊壤, 美谈飘飘而日载, 故虽千百代, 犹穆如也. 余以庸陋, 沈抑婆婆, 用不合时, 行舛於世, 发音则响与俗乖, 抗足则迹与众迕. 内无金张之援, 外乏弹冠之友. 循途虽坦, 而足无骐驎;六虚虽旷, 而翼非大鹏. 上不能鹰扬匡国, 下无以显亲垂名. 美不寄於良史,声不附乎锺鼎. 故因著述之余,而为自叙之篇,虽无补於穷达,亦赖将来之有述焉!
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